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エチレンの混成軌道・分子軌道は?同一平面上に来る?

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有機化学を学ぶ上で、エチレン(C₂H₄)の構造は最も基本的かつ重要な例の一つです。エチレンは二重結合を持つ最も単純な分子であり、その電子構造を理解することで、アルケン全般の性質や反応性を理解する基礎が得られます。エチレンの全原子が平面上に配置されるという特徴的な構造は、混成軌道と分子軌道の概念によって説明されるのです。

混成軌道理論では、炭素原子のs軌道とp軌道が混ざり合って新しい軌道を形成すると考えます。エチレンの場合、sp²混成軌道が形成され、これが平面構造の原因となるのです。一方、分子軌道理論では、原子軌道が重なり合って結合性軌道と反結合性軌道を形成すると考えます。両方の理論を理解することで、エチレンの構造と性質が立体的に理解できるでしょう。

本記事では、エチレンの混成軌道(sp²混成)の詳細、分子軌道の形成過程、平面構造となる理由、σ結合とπ結合の違い、さらには分子軌道図の読み方まで、包括的に解説していきます。量子化学の基礎から実用的な理解まで、エチレンの電子構造を深く掘り下げていきましょう。

 

エチレンの基本構造と混成軌道

それではまず、エチレンの基本的な構造と混成軌道の概念について解説していきます。

 

エチレンの分子式と構造式

エチレンは、分子式C₂H₄で表される最も単純なアルケンです。構造式はCH₂=CH₂と書かれ、2つの炭素原子が二重結合で結ばれ、各炭素に2つの水素原子が結合しています。

【エチレンの基本情報】

分子式:C₂H₄

構造式:CH₂=CH₂またはH₂C=CH₂

分子量:28.05

結合角H-C-H:約117°

結合角H-C-C:約121.5°

C=C結合長:約1.34 Å(オングストローム)

C-H結合長:約1.09 Å

エチレン分子の最も重要な構造的特徴は、全6個の原子が同一平面上に配置されることです。つまり、2つの炭素原子と4つの水素原子すべてが、一つの平面内に存在します。この平面構造は、炭素原子の混成軌道によって説明されるのです。

また、C=C二重結合の周りでは回転が制限されます。単結合(C-C)の場合は自由に回転できますが、二重結合では回転障壁が非常に高く、常温では実質的に回転できません。この回転制限も、二重結合の電子構造に起因するでしょう。

 

sp²混成軌道の形成

エチレンの炭素原子は、sp²混成(sp² hybridization)を起こしています。混成軌道とは、原子の複数の原子軌道が混ざり合って、新しい等価な軌道を形成する現象です。

【基底状態の炭素原子】
まず、炭素原子の電子配置を確認しましょう。炭素(C、原子番号6)の基底状態の電子配置は、1s² 2s² 2p²です。価電子殻(n=2)には、2s軌道に2個、2p軌道に2個の電子があります。

【励起状態への遷移】
結合を形成するため、2s軌道の電子1個が2p軌道に励起されます。これにより、2s¹ 2p³という状態になり、4つの不対電子が生じるのです。

基底状態:1s² 2s² 2p²(不対電子2個)

励起状態:1s² 2s¹ 2p³(不対電子4個)

【sp²混成軌道の生成】
励起状態の炭素原子において、1つの2s軌道と2つの2p軌道(例えば2pₓと2p_y)が混ざり合い、3つのsp²混成軌道を形成します。残りの1つの2p軌道(2p_z)は混成に関与せず、純粋なp軌道として残ります。

混成前:2s¹ 2pₓ¹ 2p_y¹ 2p_z¹

混成後:(sp²)¹ (sp²)¹ (sp²)¹ 2p_z¹

生成した3つのsp²混成軌道は、互いに120°の角度で同一平面上に配置されます。これが、エチレンの平面構造の基礎となるのです。各sp²混成軌道には1個ずつ不対電子が入り、結合に利用されます。

sp²混成軌道の形状は、s軌道とp軌道の性質を併せ持ちます。s軌道の成分が33.3%、p軌道の成分が66.7%であり、方向性を持った強い結合を形成できます。3つのsp²軌道が同一平面上で120°間隔に配置されることで、結合間の反発を最小化し、最も安定な配置が実現されるのです。

 

エチレン分子のσ結合形成

sp²混成軌道を用いて、エチレン分子のσ結合(シグマ結合)が形成されます。σ結合は、原子軌道が結合軸上で正面から重なり合うことで生じる強い共有結合です。

【C-C σ結合】
2つの炭素原子が、それぞれのsp²混成軌道の1つを使って結合します。両方の炭素原子のsp²軌道が正面から重なり合い、C-C σ結合を形成するのです。

【C-H σ結合】
各炭素原子の残り2つのsp²混成軌道は、水素原子の1s軌道と重なり合い、4つのC-H σ結合を形成します。水素原子の1s軌道とsp²混成軌道の重なりにより、強固な結合が生じるでしょう。

エチレンのσ結合骨格

・C-C σ結合:1本(sp²-sp²重なり)

・C-H σ結合:4本(sp²-1s重なり)

・合計:5本のσ結合

これら5本のσ結合により、エチレン分子の平面骨格構造が形成されます。3つのsp²混成軌道が同一平面上で120°の角度を保つため、すべての原子が平面上に配置されるのです。

実際の結合角は、理想的な120°からわずかにずれています。H-C-H角は約117°、H-C-C角は約121.5°です。これは、C=C二重結合の電子密度が高く、他の結合をわずかに押しのけるためでしょう。

 

π結合と分子軌道の形成

続いては、エチレンの二重結合を構成するπ結合と分子軌道について確認していきます。

 

2p軌道によるπ結合の形成

sp²混成に関与しなかった2p_z軌道(平面に垂直な方向のp軌道)は、エチレンのπ結合(パイ結合)の形成に使用されます。π結合は、σ結合とは異なる重なり方をする結合です。

【π結合の特徴】
2つの炭素原子の2p_z軌道が、結合軸に平行な方向(側面)から重なり合います。この側面重なりにより、結合軸の上下に電子密度が分布するπ結合が形成されるのです。

σ結合とπ結合の比較

【σ結合】

・軌道の重なり:正面(結合軸上)

・電子密度:結合軸上に集中

・結合の強さ:強い(約350 kJ/mol、C-C単結合)

・回転:自由に回転可能

【π結合】

・軌道の重なり:側面(結合軸に平行)

・電子密度:結合軸の上下に分布

・結合の強さ:弱い(約270 kJ/mol)

・回転:回転すると切断される

π結合は、σ結合よりも弱い結合です。これは、側面重なりが正面重なりよりも効率が悪いためでしょう。しかし、σ結合とπ結合を合わせたC=C二重結合全体のエネルギーは約620 kJ/molとなり、C-C単結合(約350 kJ/mol)の約1.8倍の強さを持つのです。

【π結合と平面構造】
π結合の形成には、2つの2p軌道が平行に配置されている必要があります。もし分子がねじれると、p軌道の重なりが減少し、π結合が弱まるか切断されます。このため、π結合を維持するために分子は平面構造を保つのです。

これが、エチレンの全原子が同一平面上に配置される理由であり、また二重結合周りで回転が起こらない理由でもあります。

 

分子軌道理論によるアプローチ

混成軌道理論とは別に、分子軌道理論(Molecular Orbital Theory, MO理論)でもエチレンの電子構造を説明できます。この理論では、原子軌道が線形結合して分子軌道を形成すると考えるのです。

【σ分子軌道】
2つの炭素のsp²混成軌道が重なり合い、結合性σ軌道(σ_CC)と反結合性σ*軌道(σ*_CC)を形成します。同様に、CとHのsp²-1s重なりにより、σ_CHとσ*_CHが形成されるでしょう。

【π分子軌道】
2つの炭素の2p_z軌道が側面から重なり合い、結合性π軌道(π_CC)と反結合性π*軌道(π*_CC)を形成します。

分子軌道の種類とエネルギー順位

低エネルギー側(安定)

σ_CH(4本、C-H結合性軌道)

σ_CC(1本、C-C結合性軌道)

π_CC(1本、C=C π結合性軌道)← HOMO

π*_CC(1本、C=C π反結合性軌道)← LUMO

σ*_CC(1本、C-C反結合性軌道)

σ*_CH(4本、C-H反結合性軌道)

高エネルギー側(不安定)

エチレンの12個の価電子は、エネルギーの低い分子軌道から順に詰められます。最も高いエネルギーの占有軌道(HOMO: Highest Occupied Molecular Orbital)はπ_CC軌道であり、最も低いエネルギーの非占有軌道(LUMO: Lowest Unoccupied Molecular Orbital)はπ*_CC軌道です。

HOMOとLUMOは、分子の化学的性質を理解する上で極めて重要です。HOMOは電子を供給しやすい軌道であり、LUMOは電子を受け取りやすい軌道です。エチレンのHOMOがπ軌道であることは、この分子が求電子剤と反応しやすいことを示しています。実際、エチレンは臭素や硫酸などの求電子剤と容易に反応し、付加反応を起こすのです。

 

π軌道の対称性と電子分布

エチレンのπ分子軌道は、特徴的な対称性を持ちます。π_CC結合性軌道では、C=C結合の上下に電子密度が分布します。この電子雲は、分子平面に対して対称です。

【π結合性軌道(π_CC)】
2つの2p軌道が同位相で重なり合い、結合軸の上下に連続した電子密度を形成します。この軌道に2個の電子が入り、π結合が形成されるのです。

【π反結合性軌道(π*_CC)】
2つの2p軌道が逆位相で重なり合い、結合軸の中央に節(電子密度ゼロの面)が生じます。この軌道は通常空であり、基底状態では電子は入っていません。

π軌道の特徴

【π結合性軌道】

・エネルギー:比較的低い

・電子分布:C-C結合の上下に連続

・節の数:0(結合軸を通る平面のみ)

・占有:2電子

【π反結合性軌道】

・エネルギー:高い

・電子分布:結合軸の中央に節

・節の数:1(C-C結合の中点を通る垂直面)

・占有:0電子(基底状態)

π*軌道に電子が励起されると(紫外線吸収など)、C=C結合が弱まります。これが、エチレンが紫外線を吸収する理由であり、光化学反応を起こす基礎となるのです。

 

エチレンの平面構造の理由

続いては、エチレンが平面構造を取る理由を複数の観点から確認していきます。

 

混成軌道による説明

エチレンの平面構造は、第一にsp²混成軌道の幾何学的配置によって説明されます。

sp²混成では、3つの混成軌道が同一平面上で120°の角度を保ちます。これは、3つの電子対が互いに最も離れた配置(VSEPR理論:価電子対反発理論)であり、電子対間の反発を最小化する最安定構造なのです。

各炭素原子において、3つのσ結合(1つのC-C結合と2つのC-H結合)がsp²混成軌道によって形成され、すべて同一平面上に配置されます。2つの炭素原子の平面が一致することで、分子全体が平面となるのです。

 

π結合による回転制限

第二の理由は、π結合の存在です。π結合は、2つのp軌道が平行に配置されて側面から重なり合うことで形成されます。

もし分子がC=C結合軸の周りで回転しようとすると、2つのp軌道の平行配置が崩れ、重なりが減少します。90°回転すると、p軌道は垂直になり、重なりが完全になくなってπ結合が切断されるのです。

回転とπ結合の関係

0°回転:p軌道平行、π結合最大

30°回転:重なり減少、エネルギー上昇

60°回転:重なりさらに減少

90°回転:p軌道垂直、π結合切断、エネルギー最大

回転障壁:約270 kJ/mol

この回転障壁(約270 kJ/mol)は非常に高く、常温の熱エネルギー(RT ≈ 2.5 kJ/mol at 300K)では到底乗り越えられません。したがって、π結合を維持するために分子は平面構造を保つのです。

 

立体障害とエネルギー的安定性

第三の観点として、立体障害とエネルギーを考えます。もし分子が平面でない構造を取ろうとすると、以下の不利益が生じます。

【結合角の歪み】
sp²混成軌道の理想的な角度120°から逸脱すると、軌道の重なりが減少し、σ結合が弱まります。結合角の歪みはエネルギー的に不利なのです。

【π結合の弱化】
前述の通り、平面からのずれはπ結合の重なりを減少させ、結合エネルギーを低下させます。

【原子間反発】
水素原子同士が近づきすぎると、反発が増加します。平面構造では、4つの水素原子が最も均等に配置され、反発が最小化されるでしょう。

エチレンの平面構造は、量子力学的な要請(sp²混成とπ結合形成)と古典的な立体化学的要請(結合角の最適化と原子間反発の最小化)の両方によって決定されています。これらの要因が重なり合って、平面構造が最もエネルギー的に安定な配置となるのです。実際、分子軌道計算によって、平面構造が最低エネルギー状態であることが確認されています。

 

分子軌道図とエネルギー準位

続いては、エチレンの分子軌道図とエネルギー準位について確認していきます。

 

分子軌道図の構成

エチレンの分子軌道図は、左右に原子軌道(または混成軌道)を配置し、中央に分子軌道を描くことで表現されます。エネルギーは縦軸で表され、下にいくほど安定です。

簡略化した分子軌道図

左側:炭素1のsp²とp軌道

中央:分子軌道

右側:炭素2のsp²とp軌道

エネルギー準位(下から):

σ_CH(低エネルギー、4本)

σ_CC(C-C結合性)

π_CC(π結合性)← HOMO、2電子占有

π*_CC(π反結合性)← LUMO、空軌道

σ*_CC(C-C反結合性)

σ*_CH(高エネルギー、4本)

実際の計算では、軌道間の相互作用により、エネルギー準位はより複雑になります。しかし、化学的に最も重要なのはHOMOとLUMOの位置とエネルギー差です。

 

HOMOとLUMOのエネルギーギャップ

エチレンのHOMO(π_CC)とLUMO(π*_CC)のエネルギー差は、約7.6 eV(約733 kJ/mol)です。このエネルギー差が、エチレンの紫外線吸収波長を決定します。

π→π*遷移

エネルギー差:約7.6 eV

対応する波長:約163 nm(真空紫外領域)

吸収:π電子がπ*軌道に励起される

この吸収波長は真空紫外領域にあるため、通常の紫外可視分光計では測定できません。しかし、エチレンに置換基が導入されると(例:共役系の形成)、HOMO-LUMOギャップが小さくなり、吸収波長が長波長側にシフトします。これが、共役ジエンやポリエンが色を持つ理由でしょう。

 

反応性との関係

エチレンの反応性は、HOMO とLUMOの性質によって理解できます。

【求電子付加反応】
エチレンのHOMOはπ軌道であり、C=C結合の上下に電子密度が高い領域があります。求電子剤(例:H⁺、Br⁺)は、この電子豊富な領域に攻撃してきます。

【求核付加反応(稀)】
エチレンのLUMOはπ*軌道です。強い求核剤が存在し、エチレンが電子不足になるように活性化されている場合、求核剤がLUMOに電子を供与する反応も起こりえます。

【ラジカル反応】
一電子酸化や還元により、π軌道から電子が除かれたり、π*軌道に電子が加わったりすると、ラジカル種が生成します。これらは高い反応性を示すのです。

反応タイプ 関与する軌道 代表例
求電子付加 HOMO(π) 臭素付加、水和反応
ラジカル付加 HOMOまたはLUMO 重合反応
環状付加 HOMOとLUMO Diels-Alder反応
光化学反応 π→π*励起 光異性化、光環化

 

まとめ

エチレン(C₂H₄)の炭素原子はsp²混成を起こし、3つのsp²混成軌道が同一平面上で120°の角度を保ちます。これらのsp²軌道によって5本のσ結合(C-C σ結合1本とC-H σ結合4本)が形成され、分子の平面骨格が構築されるのです。

混成に関与しなかった2p_z軌道(分子平面に垂直)は、側面から重なり合ってπ結合を形成します。このπ結合により、C=C二重結合が完成し、同時に分子の回転が制限されます。π結合を維持するには2つのp軌道が平行である必要があるため、分子は平面構造を保つのです。

したがって、エチレンの全6原子(炭素2個、水素4個)は同一平面上に配置されます。分子軌道理論では、π結合性軌道(HOMO)とπ反結合性軌道(LUMO)のエネルギー差が約7.6 eVであり、これが真空紫外領域での吸収と求電子剤への高い反応性を説明します。sp²混成とπ結合形成という2つの概念が、エチレンの平面構造と化学的性質を完全に説明しているのです。