プラスチック製品の中でも、発泡スチロール、CDケース、食品容器など、私たちの生活に身近な製品の多くはポリスチレンから作られています。
そのポリスチレンの原料となるのが、スチレン(styrene)という化合物です。スチレンは、年間世界で数千万トンが生産される重要な化学品であり、その化学構造を理解することは、高分子化学や材料科学の基礎となるでしょう。
スチレンの構造は、ベンゼン環とビニル基が結合した芳香族アルケンであり、この独特の構造が重合反応における優れた特性を生み出しています。分子式、構造式、分子量といった基本情報から、立体構造、電子状態、物理的性質まで、スチレンの化学的な姿を多角的に理解することが重要なのです。
本記事では、スチレンの分子式と化学式、詳細な構造式と結合様式、分子量と組成、物理的性質、さらには構造と性質の関係まで、包括的に解説していきます。基礎化学から実用的な知識まで、スチレンの化学構造を深く理解していきましょう。
スチレンの分子式と化学式
それではまず、スチレンの基本的な分子式と化学式について解説していきます。
分子式と組成元素
スチレンの分子式はC₈H₈です。この分子式から、スチレン1分子が炭素原子8個と水素原子8個から構成されていることがわかります。
【スチレンの基本情報】
分子式:C₈H₈
炭素原子数:8個
水素原子数:8個
元素組成:炭素と水素のみ(炭化水素)
CAS番号:100-42-5
スチレンは炭素と水素のみから構成される炭化水素です。酸素、窒素、硫黄などのヘテロ原子は含まれていません。この単純な組成が、ポリスチレンが可燃性であり、燃焼時に主に二酸化炭素と水を生成する理由でしょう。
元素組成を質量パーセントで表すと、炭素が約92.3%、水素が約7.7%となります。炭素含有率が非常に高いことが特徴的です。
化学式の表記法
スチレンの化学式は、いくつかの方法で表記できます。それぞれの表記法が、分子の異なる側面を強調しているのです。
【一般的な化学式】
C₆H₅CH=CH₂
この表記は、スチレンの構造を最もわかりやすく示しています。ベンゼン環(C₆H₅)とビニル基(CH=CH₂)が結合していることが明確でしょう。
【縮合式】
Ph-CH=CH₂
Ph(フェニル基)を用いた表記です。有機化学の文献でよく使用されます。
【完全展開式】
C₆H₅-CH=CH₂ または HC₆H₄-CH=CH₂
ベンゼン環を明示的に書く場合の表記です。
スチレンの各種表記
分子式:C₈H₈
化学式:C₆H₅CH=CH₂
略記:Ph-CH=CH₂ または PhCH=CH₂
IUPAC名:ethenylbenzene(エテニルベンゼン)
慣用名:styrene(スチレン)
IUPAC命名法では「ethenylbenzene」が正式名称ですが、慣用名の「styrene(スチレン)」が圧倒的に広く使用されています。
異性体の有無
分子式C₈H₈には、スチレン以外にも複数の異性体が存在します。主な異性体を以下に示します。
| 化合物名 | 構造 | 特徴 |
|---|---|---|
| スチレン | C₆H₅CH=CH₂ | ビニルベンゼン、最も重要 |
| o-キシレン | 1,2-(CH₃)₂C₆H₄ | ジメチルベンゼン |
| m-キシレン | 1,3-(CH₃)₂C₆H₄ | ジメチルベンゼン |
| p-キシレン | 1,4-(CH₃)₂C₆H₄ | ジメチルベンゼン |
| エチルベンゼン | C₆H₅CH₂CH₃ | 飽和側鎖 |
これらの異性体の中で、スチレンのみがビニル基を持つ不飽和化合物です。他はすべて飽和炭化水素であり、重合反応を起こしません。この二重結合の存在が、スチレンを工業的に重要な化合物にしているのです。
スチレンとエチルベンゼンは密接な関係にあります。工業的には、エチルベンゼンを脱水素化することでスチレンが製造されるのです。反応式は、C₆H₅CH₂CH₃ → C₆H₅CH=CH₂ + H₂となります。この関係から、スチレンとエチルベンゼンは同じC₈H₈という分子式を持ちながら、一方は不飽和(スチレン)、他方は飽和(エチルベンゼン)という対照的な性質を示します。
スチレンの詳細な構造式
続いては、スチレンの構造式を詳しく確認していきます。
ベンゼン環とビニル基の結合
スチレンの構造は、ベンゼン環にビニル基が直接結合した形をしています。この構造を理解するため、各部分を詳しく見ていきましょう。
【ベンゼン環部分(C₆H₅-)】
6つの炭素原子が正六角形を形成し、各炭素に1つずつ水素が結合しています。ただし、1つの炭素はビニル基と結合しているため、そこには水素がありません。ベンゼン環は芳香族性を持ち、6個のπ電子が非局在化しているのです。
【ビニル基部分(-CH=CH₂)】
2つの炭素原子が二重結合で結ばれ、一方の炭素(α位)がベンゼン環と結合し、他方の炭素(β位)に2つの水素が結合しています。
スチレンの構造式(詳細)
H
|
C=C
/ \
H H
|
ベンゼン環
ベンゼン環とビニル基は、sp²混成炭素同士のσ結合で結ばれています。この結合軸の周りで回転は可能ですが、共役系の形成により、平面構造が優先されるのです。
結合長と結合角
スチレンの分子内には、異なる種類の結合が存在し、それぞれ特徴的な結合長を持ちます。
| 結合の種類 | 結合長(Å) | 特徴 |
|---|---|---|
| ベンゼン環のC-C | 約1.40 | 芳香族性、中間的長さ |
| ベンゼン-ビニル結合 | 約1.48 | sp²-sp²単結合 |
| ビニル基のC=C | 約1.34 | 二重結合 |
| C-H(ベンゼン環) | 約1.08 | sp²炭素の水素 |
| C-H(ビニル基) | 約1.09 | sp²炭素の水素 |
主要な結合角は以下の通りです。
スチレンの結合角
ベンゼン環内のC-C-C:120°(正六角形)
ベンゼン-ビニル結合角:約124°
ビニル基のC=C-H:約120°
ビニル基のH-C-H:約117°
これらの結合角は、すべての炭素がsp²混成であることを反映しています。理想的なsp²混成では120°ですが、わずかな歪みや立体障害により、若干のずれが生じるのです。
共役系と電子の非局在化
スチレンの最も重要な構造的特徴の一つは、共役系の形成です。ベンゼン環のπ電子系とビニル基の二重結合が連結し、拡張された共役系を形成しているのです。
【共役系の範囲】
ベンゼン環の6個のπ電子と、ビニル基の二重結合の2個のπ電子が相互作用し、合計8個のπ電子が非局在化します。この非局在化により、分子全体の安定性が増すのです。
【共役の効果】
共役系の形成により、以下のような効果が現れます。第一に、ビニル基の二重結合がやや弱まり、反応性が変化します。第二に、紫外線吸収波長が長波長側にシフトします(ベンゼンやエチレン単独と比較して)。第三に、ビニル基がベンゼン環と共平面になろうとする傾向が強まるのです。
共役系の存在は、スチレンの化学的性質に大きく影響します。例えば、スチレンの重合反応では、生成するラジカルやカルボカチオンがベンゼン環によって共鳴安定化されます。これが、スチレンが容易に重合する理由の一つなのです。また、共役により、スチレンは約290 nmの紫外線を吸収し、わずかに黄色味を帯びることがあります。
スチレンの分子量と組成
続いては、スチレンの分子量と元素組成について確認していきます。
分子量の計算
スチレンの分子量は、構成原子の原子量から計算できます。
分子量の計算
炭素(C)の原子量:12.01
水素(H)の原子量:1.008
スチレン(C₈H₈)の分子量:
= (12.01 × 8) + (1.008 × 8)
= 96.08 + 8.064
= 104.14
したがって、スチレンの分子量は104.14です(または104.15と丸められることもあります)。この値は、モル計算や化学量論計算に使用されるのです。
【実用的な計算例】
スチレン100 gは何モルか?
モル数 = 質量 ÷ 分子量
= 100 g ÷ 104.14 g/mol
= 0.960 mol
元素組成の質量パーセント
スチレンの元素組成を質量パーセントで表すと、以下のようになります。
炭素の質量パーセント:
= (12.01 × 8) / 104.14 × 100
= 96.08 / 104.14 × 100
= 92.26%
水素の質量パーセント:
= (1.008 × 8) / 104.14 × 100
= 8.064 / 104.14 × 100
= 7.74%
スチレンは炭素含有率が92%以上と非常に高い化合物です。これは、芳香環を含む化合物に共通の特徴でしょう。高い炭素含有率は、燃焼時に多量のすすを発生する傾向と関連しています。
ポリスチレンとの関係
スチレンが重合してポリスチレンになる際、分子量は大幅に増加しますが、元素組成比(C:H = 1:1)は変わりません。
スチレンの重合
n (C₈H₈) → (C₈H₈)ₙ
スチレン分子量:104.14
ポリスチレン分子量:104.14 × n
(nは重合度、通常1,000~10,000以上)
重合度が10,000のポリスチレンの場合、分子量は約104万となります。これほど大きな分子量を持つにもかかわらず、元素組成はC:H = 1:1のまま維持されるのです。
| 物質 | 分子式 | 分子量 | C:H比 |
|---|---|---|---|
| スチレン(モノマー) | C₈H₈ | 104.14 | 1:1 |
| ポリスチレン(n=100) | (C₈H₈)₁₀₀ | 約10,400 | 1:1 |
| ポリスチレン(n=10,000) | (C₈H₈)₁₀₀₀₀ | 約1,041,000 | 1:1 |
スチレンの物理的性質
続いては、スチレンの物理的性質を確認していきます。
相状態と沸点・融点
スチレンは、常温常圧では無色透明の液体です。主要な物理定数を以下に示します。
| 物性項目 | 値 |
|---|---|
| 外観 | 無色透明液体 |
| 沸点(1気圧) | 145~146℃ |
| 融点 | -30.6℃ |
| 密度(20℃) | 0.906 g/cm³ |
| 屈折率(20℃) | 1.5468 |
| 粘度(20℃) | 0.762 mPa·s |
| 蒸気圧(20℃) | 約0.67 kPa |
| 引火点 | 31℃ |
| 発火点 | 490℃ |
沸点が145~146℃と比較的高いため、常温では液体として存在します。しかし、蒸気圧が0.67 kPa(20℃)とある程度高いため、揮発性があるのです。開放容器では徐々に蒸発します。
融点が-30.6℃と低いため、通常の環境温度では凍結することはありません。冬季の寒冷地でも液体として取り扱えるでしょう。
溶解性と溶媒特性
スチレンは芳香族炭化水素であり、非極性の性質を持ちます。
【水への溶解度】
スチレンは水にはほとんど溶けません。20℃での溶解度は約0.03 g/100 mL(300 mg/L)と非常に低い値です。これは、スチレンが非極性であり、極性の高い水との親和性が低いためでしょう。
【有機溶媒への溶解性】
一方、有機溶媒には自由に溶解します。ベンゼン、トルエン、エーテル、アセトン、エタノールなど、ほとんどの一般的な有機溶媒と任意の割合で混和するのです。
【溶媒としての性質】
スチレン自身も、多くの有機化合物を溶解する溶媒として機能します。ポリスチレン、ゴム、樹脂、油脂などを溶解する能力を持つでしょう。
臭いと感覚的特性
スチレンは、特徴的な甘い刺激臭を持ちます。臭気閾値は約0.1~0.3 ppmと低く、わずかな量でも臭いを感じることができるのです。
この臭いは、ポリスチレン製品を加工する際(特に熱加工時)や、未硬化のポリスチレン製品から感じられることがあります。長時間の暴露は不快感を引き起こす可能性があるため、作業環境では適切な換気が必要でしょう。
新しいポリスチレン製品(発泡スチロールの容器など)から感じられる特有の臭いは、残留スチレンモノマーに由来することが多いのです。
スチレンの臭気特性
臭いの質:甘い、刺激的、芳香族
臭気閾値:0.1~0.3 ppm
感知濃度:低濃度でも検知可能
許容濃度:作業環境では20 ppm以下が推奨
まとめ スチレンの化学式・分子量・分子式等を徹底解説
スチレン(C₈H₈、分子量104.14)は、ベンゼン環にビニル基が結合した芳香族アルケンです。化学式はC₆H₅CH=CH₂と表され、炭素8個と水素8個から構成される炭化水素であり、元素組成は炭素約92.3%、水素約7.7%です。
構造的には、ベンゼン環のπ電子系とビニル基の二重結合が共役し、拡張された共役系を形成しています。この共役により、スチレンは容易に重合反応を起こし、ポリスチレンを生成するのです。結合長はベンゼン環内で約1.40 Å、ビニル基のC=Cで約1.34 Åであり、主要な結合角は約120°前後となります。
物理的には、常温で無色透明の液体であり、沸点145~146℃、融点-30.6℃、密度0.906 g/cm³です。水にはほとんど溶けませんが、有機溶媒には自由に溶解します。特徴的な甘い刺激臭を持ち、臭気閾値は0.1~0.3 ppmと低く、わずかな量でも検知可能でしょう。スチレンの構造式と諸性質を理解することで、その重合反応や工業的利用の基礎が明確になるのです。