化学物質を安全に取り扱うためには、その物理的・化学的性質を正確に把握することが不可欠です。SDS(安全データシート、Safety Data Sheet)は、化学物質の危険有害性、取り扱い方法、応急措置などの重要な情報が記載された文書であり、スチレンのような工業用化学品を扱う現場では必須の資料となっています。
スチレン(styrene、C₈H₈)は、ポリスチレンの原料として広く使用される重要な化学品ですが、可燃性、健康有害性、環境への影響など、様々なリスクを持つ物質でもあるのです。SDSに記載される沸点、密度、比重、融点などの物性データは、取り扱い条件の設定、保管方法の決定、事故時の対応など、実務上極めて重要な情報でしょう。
本記事では、スチレンのSDSに記載される主要な物性データを整理し、沸点、密度、比重、融点・凝固点などの具体的な数値、さらには安全性情報の確認方法や厚生労働省の情報源まで、包括的に解説していきます。正確な物性データと安全情報を理解し、スチレンの適切な取り扱いにつなげていきましょう。
SDSとは何か?重要性と構成
それではまず、SDSの基本的な概念と重要性について解説していきます。
SDS(安全データシート)の定義と目的
SDS(Safety Data Sheet)は、化学物質およびそれを含む混合物を安全に取り扱うために必要な情報を記載した文書です。以前はMSDS(Material Safety Data Sheet)と呼ばれていましたが、GHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)の導入に伴い、現在はSDSという名称に統一されています。
SDSの主な目的は、以下の通りです。第一に、化学物質の危険有害性を明確に伝えること。第二に、安全な取り扱い方法を提供すること。第三に、緊急時の適切な対応方法を示すこと。第四に、環境保護のための情報を提供することです。
労働安全衛生法により、事業者は労働者が化学物質を取り扱う際に、SDSを提供し、その内容について教育することが義務付けられています。
SDSの16項目の構成
SDSは、GHSに基づいて16の項目で構成されています。
SDSの16項目
1. 化学品及び会社情報
2. 危険有害性の要約
3. 組成及び成分情報
4. 応急措置
5. 火災時の措置
6. 漏出時の措置
7. 取扱い及び保管上の注意
8. 暴露防止及び保護措置
9. 物理的及び化学的性質
10. 安定性及び反応性
11. 有害性情報
12. 環境影響情報
13. 廃棄上の注意
14. 輸送上の注意
15. 適用法令
16. その他の情報
本記事で焦点を当てる沸点、密度、比重、融点などの物性データは、第9項「物理的及び化学的性質」に記載されています。
スチレンのSDSの入手方法
スチレンのSDSは、複数の方法で入手できます。
【製造・販売元からの入手】
スチレンを購入する際、製造元や販売元は必ずSDSを提供する義務があります。製品とともにSDSを受け取り、保管することが基本です。
【厚生労働省の職場のあんぜんサイト】
厚生労働省 職場のあんぜんサイトでは、多数の化学物質のSDSやGHSモデルラベル情報が公開されています。スチレン(CAS番号:100-42-5)で検索することで、信頼性の高い情報を無料で閲覧できるのです。
【化学物質データベース】
NITE(製品評価技術基盤機構)の化学物質総合情報提供システム(NITE-CHRIP)や、各メーカーのウェブサイトでもSDSが公開されています。
SDSは定期的に更新されます。新しい毒性データの発見、法規制の変更、分類基準の見直しなどにより、内容が改訂されることがあるのです。最新版のSDSを使用することが重要であり、少なくとも3~5年ごとに更新版を入手することが推奨されます。古いMSDS形式のままの文書は、最新のGHS基準に適合していない可能性があるため、注意が必要でしょう。
スチレンの基本物性データ
続いては、SDSに記載されるスチレンの主要な物性データを確認していきます。以下の物性値は、信頼できる文献データベースから引用しています。
沸点と蒸気圧
スチレンの沸点は、SDSにおいて最も基本的な物性データの一つです。
【スチレンの沸点】
沸点(1気圧):145~146℃
より正確には:145.2℃
参考値:145℃(一部の文献)、146℃(一部の文献)
(出典:NIST Chemistry WebBookより引用)
(出典:PubChem CID 7501より引用)
沸点が145~146℃という値は、スチレンが常温では液体であることを示しています。この沸点は、取り扱い時の蒸発速度や、蒸留精製の条件設定に重要な情報です。
【蒸気圧】
沸点と関連する重要なデータが蒸気圧です。
| 温度 | 蒸気圧 |
|---|---|
| 20℃ | 約0.67 kPa(約5 mmHg) |
| 25℃ | 約0.87 kPa(約6.5 mmHg) |
| 50℃ | 約4.0 kPa(約30 mmHg) |
| 100℃ | 約40 kPa(約300 mmHg) |
常温(20℃)での蒸気圧が0.67 kPa程度であることから、スチレンはある程度の揮発性を持つことがわかります。開放容器では徐々に蒸発するため、密閉保管が必要です。
密度と比重
スチレンの密度と比重は、液体としての重量計算や、混合物の分離などに必要な情報です。
【スチレンの密度】
密度(20℃):0.906 g/cm³
密度(25℃):0.902 g/cm³
密度(15℃):0.911 g/cm³
【比重】
比重は、水の密度(1.000 g/cm³)を基準とした相対密度です。スチレンの場合、密度が0.906 g/cm³(20℃)であるため、比重も0.906(20℃/20℃)となります。
比重が1より小さいため、スチレンは水よりも軽く、水面に浮きます。この性質は、水系での漏洩事故時の挙動予測や、分液操作などに重要でしょう。
【蒸気密度(空気=1)】
気体としてのスチレンの密度も重要です。
蒸気密度(空気=1):約3.6
(分子量104.15 ÷ 空気の平均分子量28.97 ≈ 3.6)
蒸気密度が3.6と空気の約3.6倍重いため、スチレン蒸気は低所に滞留しやすい性質があります。換気の際は、床面近くからの排気が効果的です。
融点・凝固点
スチレンの融点(凝固点)は、固体から液体への相転移温度を示します。
【スチレンの融点・凝固点】
融点:-30.6℃
凝固点:-30.6℃
(融点と凝固点は同じ温度)
(出典:NIST Chemistry WebBook – Styrene Phase Change Dataより引用)
(出典:PubChem CID 7501より引用)
融点が-30.6℃と低いため、通常の使用環境(-20℃~40℃程度)では液体として存在します。冬季の寒冷地でも凍結の心配はほとんどありません。
ただし、極低温環境(-30℃以下)では固化する可能性があるため、寒冷地の屋外保管や、冷凍輸送時には注意が必要でしょう。
| 物性 | 値 | 実用的意味 |
|---|---|---|
| 融点 | -30.6℃ | 通常環境で凍結しない |
| 沸点 | 145~146℃ | 常温で液体、加熱で蒸発 |
| 液体範囲 | 約176℃ | 広い温度範囲で液体として使用可能 |
その他の重要物性データ
続いては、沸点・密度・融点以外の重要な物性データを確認していきます。
引火点と発火点
スチレンの火災危険性を評価する上で、引火点と発火点は極めて重要です。
【引火点】
引火点(密閉式):31℃
引火点(開放式):約34℃
【発火点(自然発火温度)】
発火点:490℃
(出典:PubChem – Styrene Safety Informationより引用)
引火点が31℃と常温に近いため、夏季の高温環境では特に注意が必要です。引火点以上の温度では、火源があれば容易に引火します。
消防法では、引火点が21℃以上70℃未満の液体を「第二石油類」に分類しており、スチレンはこれに該当します。危険物第四類に指定され、適切な保管・取り扱いが法的に義務付けられているのです。
粘度と表面張力
【粘度】
スチレンの粘度は、液体の流動性を示す指標です。
水の粘度(20℃で約1.0 mPa·s)と比較すると、スチレンはやや粘度が低く、サラサラした液体です。この低粘度により、配管内の流動や、ポンプによる移送が容易になります。
【表面張力】
スチレンの表面張力は約32~34 mN/m(20℃)です。水(約72 mN/m)と比較すると半分以下であり、濡れ性が高い液体でしょう。
屈折率と溶解性
【屈折率】
スチレンの屈折率は、光学的性質を示す指標です。
屈折率が1.5468と比較的高い値を示すのは、ベンゼン環による芳香族性の影響です。この値は、スチレンの純度確認や、混合物の組成分析に利用されます。
【溶解性】
スチレンは非極性溶媒であり、以下のような溶解性を示します。
水への溶解度:約0.03 g/100 mL(25℃)
→ ほとんど水に溶けない
有機溶媒への溶解性:
・ベンゼン、トルエン:自由に混和
・エーテル、アセトン:自由に混和
・エタノール:自由に混和
・ヘキサン:自由に混和
安全性に関するSDSデータ
続いては、SDSに記載される安全性関連の情報を確認していきます。
危険有害性の分類
スチレンのSDSには、GHS分類に基づく危険有害性が記載されています。詳細な安全性情報については、必ず厚生労働省 職場のあんぜんサイトなどで最新のSDSを確認してください。
一般的な危険有害性の分類(概要)として、以下のような項目があります。
主な危険有害性(概要)
・可燃性液体
・急性毒性
・皮膚刺激性・眼刺激性
・発がん性
・生殖毒性
・特定標的臓器毒性
・水生環境有害性
これらの詳細な分類区分、有害性の程度、リスク評価などは、SDSの第2項および第11項に詳しく記載されています。
許容濃度と暴露限界値
作業環境におけるスチレンの許容濃度は、労働者の健康を守るための重要な基準です。
許容濃度・暴露限界値の例
日本産業衛生学会 許容濃度:20 ppm(8時間TWA)
ACGIH TLV-TWA:20 ppm
ACGIH TLV-STEL:40 ppm(15分間)
OSHA PEL:100 ppm(8時間TWA)
これらの値は、作業環境測定の基準となり、換気設備の設計や、個人保護具の選択に使用されます。作業場所のスチレン濃度を許容濃度以下に維持することが、労働安全衛生法上の義務です。
保護具と応急措置
SDSには、適切な保護具の選択と、事故時の応急措置が記載されています。
【推奨される保護具】
呼吸用保護具、保護手袋、保護眼鏡、保護衣などが推奨されます。具体的な保護具の種類や規格については、SDSの第8項に詳細が記載されているのです。
【応急措置の概要】
吸入、皮膚接触、眼接触、経口摂取など、暴露経路ごとの応急措置がSDSの第4項に記載されています。これらの情報は、緊急時の迅速な対応に不可欠でしょう。
詳細な応急措置、医療機関への連絡事項、予想される症状などは、必ずSDSで確認してください。
スチレンの物性データ一覧表
続いては、これまでに紹介したスチレンの物性データを一覧表にまとめます。
主要物性データの総括表
| 物性項目 | 値 | 測定条件 |
|---|---|---|
| 分子式 | C₈H₈ | − |
| 分子量 | 104.15 | − |
| CAS番号 | 100-42-5 | − |
| 外観 | 無色透明液体 | 常温 |
| 臭い | 甘い、刺激的 | − |
| 融点・凝固点 | -30.6℃ | 1気圧 |
| 沸点 | 145~146℃ | 1気圧 |
| 密度 | 0.906 g/cm³ | 20℃ |
| 比重 | 0.906 | 20℃/20℃ |
| 蒸気密度 | 約3.6 | 空気=1 |
| 蒸気圧 | 0.67 kPa | 20℃ |
| 粘度 | 0.762 mPa·s | 20℃ |
| 屈折率 | 1.5468 | 20℃ |
| 引火点 | 31℃ | 密閉式 |
| 発火点 | 490℃ | − |
| 爆発下限界 | 1.1 vol% | 空気中 |
| 爆発上限界 | 6.1 vol% | 空気中 |
| 水への溶解度 | 約300 mg/L | 25℃ |
【主要データ出典】
NIST Chemistry WebBook – Styreneより引用
PubChem Compound CID 7501 – Styreneより引用
安全性情報は厚生労働省 職場のあんぜんサイトより参考
データの活用方法
これらの物性データは、以下のような実務に活用されます。
【プロセス設計】
沸点、密度、粘度などのデータは、蒸留塔、配管、ポンプなどの設計に使用されます。適切な材料選定や、操作条件の設定に不可欠でしょう。
【安全管理】
引火点、爆発範囲、蒸気圧などのデータは、火災・爆発防止対策の立案に使用されます。換気設備の能力計算や、防爆対策の範囲決定に必要です。
【品質管理】
密度、屈折率などは、製品の純度確認や品質管理の指標として使用されます。規格値からの逸脱を検出する手段となるのです。
【輸送・保管】
融点、沸点、密度などのデータは、適切な輸送方法や保管条件の決定に使用されます。容器の選定、温度管理の範囲設定などに必要でしょう。
まとめ
スチレンの主要な物性データは、SDSの第9項「物理的及び化学的性質」に記載されています。沸点は145~146℃、融点は-30.6℃であり、常温では無色透明の液体として存在します。密度は0.906 g/cm³(20℃)、比重は0.906であり、水より軽く水面に浮く性質を持つのです。
蒸気密度は約3.6(空気=1)であり、蒸気は空気より重く低所に滞留しやすい特性があります。引火点は31℃と常温に近く、消防法上の危険物第四類に該当するため、火気厳禁の取り扱いが必要です。蒸気圧は0.67 kPa(20℃)であり、ある程度の揮発性を持つため、密閉保管が推奨されます。
物性データの文献値は、NIST Chemistry WebBookやPubChemなどの信頼できるデータベースで確認できます。詳細な安全性情報については、厚生労働省 職場のあんぜんサイトなどで最新のSDSを必ず確認してください。物性データを正しく理解し、適切な取り扱い条件を設定することで、スチレンの安全かつ効率的な使用が実現されるのです。SDSは化学物質を扱うすべての作業者にとって、必読の文書でしょう。
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