位相雑音は、発振器や通信システムの性能を評価するうえで欠かせない重要な指標です。
「位相雑音ってどういう意味?」「どうやって測定・評価するの?」という疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
位相雑音が大きいと通信品質の低下・受信感度の劣化・クロックジッターの増大など、様々な悪影響が生じます。
この記事では、位相雑音の定義・発生原因・測定方法・評価指標・改善手法まで体系的に解説します。
通信技術・計測工学・半導体設計に関わるすべての方に役立つ内容ですので、ぜひ最後までお読みください。
位相雑音とは「発振器の出力信号の周波数・位相の短期的なゆらぎ」
それではまず、位相雑音の基本的な定義と意味について解説していきます。
理想的な発振器の出力は単一周波数の純粋な正弦波ですが、実際の発振器は内部ノイズの影響で瞬時周波数・位相がわずかに揺らいでいる状態にあります。
この短期的な周波数・位相のゆらぎを「位相雑音(Phase Noise)」と呼びます。
位相雑音の定義:位相雑音L(f)は、搬送波周波数f₀からオフセット周波数fだけ離れた1Hzバンド幅のノイズ電力と搬送波電力の比(dBc/Hz)で定義されます。L(f)=10 log₁₀(Pnoise/Pcarrier)[dBc/Hz]。
位相雑音の発生原因
位相雑音の主要な発生原因は、発振器を構成する電子素子内部の熱雑音(Johnson雑音)およびフリッカー雑音(1/f雑音)です。
熱雑音は温度に比例して発生する白色雑音であり、フリッカー雑音は低周波ほど大きくなる性質(1/f特性)を持ちます。
リーソン方程式(Leeson’s Equation)により、発振回路のQ値(Quality Factor)が高いほど位相雑音が低くなるという関係が理論的に示されています。
電源電圧の変動・振動・温度変化なども位相雑音を悪化させる外部要因として挙げられます。
位相雑音スペクトルの形状と特徴
位相雑音のスペクトル(L(f) vs オフセット周波数 f のグラフ)は、搬送波に近い低オフセット周波数では1/f³や1/f²の傾きを持ち、高オフセット周波数ではフロアーノイズ(白色位相雑音)に収束する特徴的な形状を示します。
この形状から、1/f³領域(フリッカー変調雑音)・1/f²領域(白色FM雑音)・フロアー領域(白色PM雑音)の3つの領域に分類して評価します。
位相雑音とジッターの関係
デジタル回路やクロック信号では、位相雑音はタイミングのばらつき「ジッター(Jitter)」として現れます。
位相雑音L(f)を帯域積分することでRMSジッター(実効ジッター)に換算でき、クロックの品質評価に使われます。
ジッターが大きいとデータ誤り率(BER)が悪化するため、高速デジタル通信・A/D変換器の設計では位相雑音の管理が重要です。
位相雑音の測定方法
続いては、位相雑音の具体的な測定方法を確認していきます。
用途・周波数・必要精度に応じて適切な測定手法を選択することが重要です。
スペクトラムアナライザーを使った位相雑音測定
最も一般的な位相雑音測定方法は、スペクトラムアナライザー(スペアナ)を使った直接スペクトル測定です。
被測定信号をスペアナに入力し、搬送波ピークとそのオフセット周波数でのスペクトル密度の比からL(f)を求めます。
スペアナによる測定は手軽ですが、スペアナ自身のフロアーノイズが測定限界となるため、非常に低い位相雑音の精密測定には不向きです。
位相検波器法(PLL法)による精密測定
より高精度な位相雑音測定には、位相検波器(フェーズデテクター)を使った測定法が使われます。
被測定信号と低雑音参照発振器を位相検波器で比較し、出力の電圧ノイズスペクトルを低雑音増幅器・FFTアナライザーで解析することで高精度な位相雑音スペクトルを取得できます。
専用の位相雑音測定器(例:Agilent E5052・Rohde&Schwarz FSWP)はこの原理を内蔵しており、ワンボタンで自動測定できる高い利便性を持ちます。
クロスコリレーション法による超高精度測定
参照発振器の雑音限界を超えた超高精度測定には、2チャンネルのクロスコリレーション(相互相関)法が使われます。
2つの独立した測定チャンネルの出力を相互相関処理することで、各チャンネルの内部雑音を統計的に抑圧し、被測定信号の位相雑音のみを高精度に抽出できます。
この手法は水晶発振器・原子時計などの超低位相雑音発振器の評価に使われる最先端の測定技術です。
位相雑音の評価指標と仕様の読み方
続いては、位相雑音の評価指標と仕様書の読み方を確認していきます。
dBc/Hzの意味と読み方
位相雑音の単位「dBc/Hz」は「搬送波電力を基準とした1Hzバンド幅あたりのノイズ電力比(dB)」を意味します。
例えば「1kHzオフセットで−100 dBc/Hz」とは、搬送波から1kHz離れた帯域幅1Hzのノイズレベルがキャリアレベルよりも100dB低いことを示します。
数値が小さい(より負に大きい)ほど位相雑音が低く、信号品質・周波数安定度が高いことを意味します。
代表的な発振器の位相雑音比較
| 発振器の種類 | 代表的な位相雑音(10kHzオフセット) | 主な用途 |
|---|---|---|
| 一般的なRC発振器 | −80〜−90 dBc/Hz程度 | 低周波アナログ回路 |
| 水晶発振器(TCXO) | −120〜−140 dBc/Hz程度 | 通信機器・計測器 |
| SAW発振器 | −100〜−120 dBc/Hz程度 | RF通信システム |
| 原子時計(Rb・Cs) | −140dBc/Hz以下 | 標準周波数・GPS |
通信システムへの位相雑音の影響
通信システムでは、局部発振器(LO)の位相雑音が受信感度・隣接チャンネル干渉に直接影響します。
位相雑音によって搬送波スペクトルが広がる「スペクトル拡散」が生じ、隣接チャンネルの信号に干渉する「レシプロカルミキシング」という問題が起こります。
多値変調(64QAM・256QAMなど)を使う高速通信では、位相雑音に対する要求が特に厳しくなります。
位相雑音の改善方法
続いては、位相雑音を低減・改善するための手法を確認していきます。
発振回路のQ値向上による改善
発振回路の共振器Q値を高めることが位相雑音低減の最も根本的なアプローチです。
水晶共振器・SAW共振器・FBAR(薄膜バルク音響共振器)など高Q値の共振素子を使用することで、搬送波近傍の位相雑音を大幅に低減できます。
低雑音の能動素子(バイポーラトランジスタ・低雑音FET)を発振回路に採用することも重要な改善策の一つです。
PLLによる位相雑音の整形
PLL(フェーズロックドループ)を使うと、帯域内の位相雑音を参照発振器の特性に合わせて低減し、帯域外の位相雑音を発振器の特性で決定するという「位相雑音の整形」が実現できます。
低位相雑音の参照発振器(OCXO:温度補償水晶発振器など)をPLLに組み合わせることで、システム全体の位相雑音性能を向上させます。
電源・基板設計による位相雑音対策
電源電圧のリップルや外部振動が発振器の位相雑音を悪化させるため、低雑音電源レギュレーター・電源デカップリングコンデンサ・基板の電源パターン設計が位相雑音対策の重要な要素です。
発振器を機械的振動から隔離するマウント設計や、EMI対策のシールドも実装レベルでの位相雑音劣化防止に有効な手段です。
まとめ
位相雑音とは、発振器出力の周波数・位相の短期的なゆらぎを表す指標で、dBc/Hzという単位で定量的に評価されます。
熱雑音・フリッカー雑音・電源変動などが主な発生原因であり、発振回路のQ値向上・低雑音素子の採用・PLL整形が主要な改善手法です。
スペクトラムアナライザー・位相検波器法・クロスコリレーション法など、測定精度に応じた手法を使い分けることが正確な評価の鍵となります。
通信品質・クロックジッター・受信感度など多くの性能指標に位相雑音が影響するため、設計段階からの適切な管理が重要です。