化学実験や工業プロセスで広く使用されるアセトニトリル。この溶媒の物性値を正確に把握することは、安全な取り扱いや効率的な利用に不可欠です。
本記事では、アセトニトリルの沸点、比重、密度、融点といった基本的な物性データを、SDS(安全データシート)の情報も交えながら詳しく解説していきます。
厚生労働省が提供する公式SDSデータも参照しながら、実験や製造現場で役立つ実践的な知識をお届けしますので、ぜひ最後までご覧ください。
アセトニトリルの沸点とは?SDSデータも確認
それではまず、アセトニトリルの沸点について解説していきます。
アセトニトリルの標準沸点の値
アセトニトリルの沸点は約81~82℃(1気圧下)となっています。
より正確には81.6℃という値が一般的に用いられており、常温常圧では液体として存在する有機溶媒です。この沸点の値は、水の100℃と比較するとかなり低いことがわかるでしょう。
化学式CH₃CNで表されるアセトニトリルは、ニトリル基を持つ極性溶媒として、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)の移動相や各種化学反応の溶媒として重宝されています。
アセトニトリルの標準沸点:81.6℃(101.3kPa)
沸点が比較的低いため、蒸留による精製や回収が容易である反面、揮発性が高く蒸気が発生しやすいという特徴も持っています。実験室での使用時には十分な換気が必要となるのは、この沸点の低さに起因するものです。
常圧での蒸留操作を考える際、この81.6℃という値は非常に重要な指標となるでしょう。
厚生労働省SDSに記載される沸点情報
厚生労働省が提供する職場のあんぜんサイトでは、アセトニトリルの詳細なSDS情報を確認できます。
厚生労働省のSDSでは、沸点は81~82℃と記載されており、先ほど紹介した値と一致しています。
厚生労働省 職場のあんぜんサイト アセトニトリルのSDS情報
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/75-05-8.html
SDSには沸点以外にも、引火点、発火点、爆発限界など、安全管理に必要な情報が網羅的に記載されているのです。特に引火点は2℃と非常に低く、常温でも容易に引火する危険性があることを示しています。
例:20℃の実験室でアセトニトリルを使用する場合、すでに引火点(2℃)を大きく超えているため、火気厳禁の徹底が必須です。
SDSを確認することで、沸点だけでなく総合的な安全情報を得られるため、アセトニトリルを扱う前には必ず目を通すようにしましょう。
特に初めて使用する際や、大量に取り扱う場合には、SDSの熟読が事故防止の第一歩となります。
沸点が実験・工業利用に与える影響
アセトニトリルの沸点は、その用途選択に大きな影響を与えています。
HPLCの移動相として広く使用されるのは、適度な沸点により検出器での蒸発が制御しやすいためです。沸点が低すぎると装置内で気化してしまい、高すぎると分離効率が低下してしまうでしょう。
81.6℃という沸点は、多くの有機化合物の分析に最適な温度範囲にあります。
また、反応溶媒として使用する際も、この沸点の値が重要な判断基準となるのです。加熱還流を行う場合、82℃付近で安定的に還流させることができ、多くの有機反応に適した温度環境を提供できます。
| 用途 | 沸点の影響 | メリット |
|---|---|---|
| HPLC移動相 | 適度な揮発性 | 検出器での応答が良好 |
| 反応溶媒 | 中程度の還流温度 | 多くの反応に適用可能 |
| 抽出溶媒 | 容易な除去 | 減圧蒸留で効率的に回収 |
| 再結晶溶媒 | 温度調整が容易 | 結晶化条件の最適化が簡単 |
工業的には、沸点の低さを利用して減圧蒸留による精製や回収が効率的に行えます。エネルギーコストの観点からも、比較的低温で処理できることは大きなメリットとなるでしょう。
アセトニトリルの比重と密度について
続いては、アセトニトリルの比重と密度を確認していきます。
アセトニトリルの密度の具体的な数値
アセトニトリルの密度は20℃で約0.782 g/cm³です。
この値は水(1.0 g/cm³)よりも小さく、アセトニトリルは水に浮く性質を持っています。ただし実際には、アセトニトリルと水は任意の割合で混和するため、分離することはありません。
より詳細な温度依存性を見ると、15℃では0.7857 g/cm³、25℃では0.7766 g/cm³となっており、温度上昇とともに密度が減少する傾向がわかるでしょう。
アセトニトリルの密度(20℃):0.782 g/cm³
比重(水=1として):0.782
実験での体積測定から質量を計算する際、この密度の値は欠かせません。例えば100 mLのアセトニトリルを使用する場合、その質量は約78.2 gとなります。
計算例:アセトニトリル50 mLの質量は?
質量 = 体積 × 密度 = 50 mL × 0.782 g/mL = 39.1 g
この密度の値は、試薬の調製や反応量の計算において基礎となる重要なデータです。
比重の定義と測定条件
比重とは、ある物質の密度と基準物質(通常は水)の密度との比を表す無次元量です。
アセトニトリルの場合、20℃における比重は0.782となり、これは20℃の水の密度を1としたときの相対的な値を示しています。比重の表記では「d₂₀²⁰」という記号がよく使われ、これは20℃の試料を20℃の水と比較した値という意味なのです。
測定条件として温度が重要なのは、液体の密度は温度によって変化するためでしょう。
| 温度(℃) | 密度(g/cm³) | 比重 |
|---|---|---|
| 15 | 0.7857 | 0.7857 |
| 20 | 0.7820 | 0.7820 |
| 25 | 0.7766 | 0.7766 |
| 30 | 0.7713 | 0.7713 |
実験室では、比重測定に比重計や密度計を使用します。正確な測定のためには、試料と装置の温度を一定に保つことが必須となるのです。
カタログや試薬ラベルに記載される比重の値は、通常20℃または25℃での測定値が基準となっています。
温度による密度変化の特徴
アセトニトリルの密度は、温度上昇に伴って直線的に減少します。
これは一般的な液体に共通する性質で、温度が上がると分子の熱運動が活発になり、分子間距離が広がるためです。アセトニトリルの場合、温度1℃あたり約0.0011 g/cm³の割合で密度が減少するという特徴があります。
この温度依存性を理解しておくことは、精密な定量分析において極めて重要でしょう。
例えば、標準溶液を調製する際に20℃で100 mLを量り取ったアセトニトリルが、30℃になると体積膨張により実際の質量が想定より少なくなってしまいます。
温度変化による影響の例:
20℃で100 mLのアセトニトリル → 質量78.2 g
同じ液体が30℃に昇温 → 体積は約101.4 mLに膨張
密度は0.7713 g/cm³に減少
HPLCなどの分析機器では、カラムオーブンの温度設定によって移動相の密度が変化し、保持時間や分離パターンに影響を与えることがあります。
そのため、温度管理は再現性の高い分析を行うための重要な要素となるのです。特に定量分析では、測定温度を記録し、必要に応じて補正計算を行うことが求められます。
アセトニトリルの融点と物性の関係
続いては、アセトニトリルの融点について見ていきましょう。
アセトニトリルの融点データ
アセトニトリルの融点は約-45℃(-45.7℃)です。
この値は、常温はもちろん、一般的な冷蔵庫の温度(4℃程度)よりもはるかに低い温度となっています。つまり、通常の実験室環境ではアセトニトリルが固化することはほとんどありません。
融点が-45℃という低い値を示すのは、アセトニトリル分子の構造と分子間力に関係しているのです。
アセトニトリルの融点:-45.7℃
沸点との差:約127℃
分子量41.05という比較的小さな分子であり、分子間の相互作用が弱いため、低温でも液体状態を保ちやすい性質があります。この融点と沸点の差(約127℃)は、液体として存在できる温度範囲が広いことを意味しているでしょう。
実験室での取り扱いにおいて、通常の温度範囲では固化の心配がないため、特別な加温装置なしで使用できるメリットがあります。
融点と保管条件の関係性
融点が-45℃と非常に低いため、通常の保管条件で凝固する心配はありません。
室温保管が基本となりますが、アセトニトリルは揮発性が高く引火性も強いため、直射日光を避けた冷暗所での保管が推奨されます。密栓して保管することで、水分の吸収や揮発による濃度変化を防ぐことができるのです。
冷蔵保管する場合でも、一般的な冷蔵庫の温度(2~8℃)では液体のまま保たれます。
| 保管温度 | 状態 | 注意点 |
|---|---|---|
| 室温(20~25℃) | 液体 | 揮発に注意、密栓必須 |
| 冷蔵(2~8℃) | 液体 | 結露に注意 |
| 冷凍(-20℃) | 液体 | 問題なし |
| 超低温(-80℃) | 固体 | 使用前に解凍が必要 |
ただし、ディープフリーザー(-80℃)などの超低温環境では固化する可能性があります。もし誤って凍結させてしまった場合は、室温で自然解凍させれば元の液体状態に戻るでしょう。
長期保管する際は、酸化や分解を防ぐため、不活性ガス(窒素など)で置換した容器を使用することが望ましいとされています。
低温環境での取り扱い注意点
実験によっては、アセトニトリルを低温で使用する場合があります。
例えば、低温反応や低温クロマトグラフィーでは、-20℃程度まで冷却することがあるでしょう。この温度範囲ではアセトニトリルは液体のままですが、粘度が上昇し、流動性が低下する点に注意が必要です。
-40℃付近まで冷却すると、融点に近づくため液体の過冷却状態となり、わずかな衝撃や不純物をきっかけに急速に結晶化することがあります。
低温使用時の粘度変化の例:
20℃:0.341 mPa·s
0℃:約0.42 mPa·s(推定値)
-20℃:約0.55 mPa·s(推定値)
低温で使用する際は、配管やバルブ内でのアセトニトリルの流動性を考慮する必要があるのです。特にHPLCシステムで低温分析を行う場合、ポンプへの負荷増加やカラム内の圧力上昇に注意しましょう。
また、低温のアセトニトリルを常温に戻す際は、容器内の圧力上昇にも配慮が必要です。密閉容器内で急激に昇温すると、蒸気圧の上昇により容器が破損する危険性があるため、徐々に温度を上げることが推奨されます。
アセトニトリルのその他の重要物性値
続いては、その他の重要な物性値を確認していきます。
引火点と蒸気圧の特性
アセトニトリルの引火点は2℃と非常に低く、危険物第四類第一石油類に分類される引火性液体です。
この引火点の低さは、常温(20℃程度)でも十分に引火する蒸気を発生させることを意味しています。実験室では火気厳禁はもちろん、静電気の発生にも注意が必要でしょう。
蒸気圧は20℃で約9.7 kPa(73 mmHg)であり、これは水の蒸気圧(20℃で約2.3 kPa)の4倍以上に相当します。
アセトニトリルの引火点:2℃
発火点:524℃
爆発範囲:3.0~16 vol%(空気中)
蒸気圧が高いということは、液面から蒸気が発生しやすく、密閉容器内では内圧が上昇しやすいことを示しているのです。そのため、保管容器には適切なガス抜き機構が必要となります。
| 温度(℃) | 蒸気圧(kPa) | 蒸気圧(mmHg) |
|---|---|---|
| 10 | 6.13 | 46 |
| 20 | 9.71 | 73 |
| 30 | 14.7 | 110 |
| 40 | 21.6 | 162 |
爆発範囲が3.0~16 vol%と広いことも、取り扱いに注意が必要な理由です。換気が不十分な空間では、容易に爆発性雰囲気を形成してしまうでしょう。
粘度と表面張力について
アセトニトリルの粘度は20℃で0.341 mPa·sです。
この値は水(20℃で約1.0 mPa·s)と比較すると約3分の1程度であり、非常にサラサラした液体であることがわかります。低粘度という特性は、HPLCの移動相として理想的な性質の一つとなっているのです。
粘度が低いことで、カラム内での圧力損失が小さく、高流速での分析が可能になります。
粘度比較(20℃):
アセトニトリル:0.341 mPa·s
メタノール:0.544 mPa·s
水:1.002 mPa·s
表面張力は20℃で約29 mN/mであり、これも水(約73 mN/m)と比べてかなり小さい値です。表面張力が低いということは、液滴が広がりやすく、固体表面を濡らしやすい性質を持つことを意味しているでしょう。
この特性により、アセトニトリルは優れた浸透性を示し、洗浄溶媒としても有効なのです。微細な隙間にも浸入しやすく、汚れを効果的に除去できます。
また、表面張力が低いため、容器からの液ダレが起こりやすい点には注意が必要です。注ぎ口の設計や取り扱い方法に工夫が求められるでしょう。
溶解性と混和性の特徴
アセトニトリルは水と任意の割合で混和する極性溶媒です。
この性質は、水系とも有機系とも相溶性を持つという独特な特徴から生まれています。水、メタノール、エタノール、ジエチルエーテル、アセトン、ベンゼン、クロロホルムなど、多くの有機溶媒と自由に混ざり合うのです。
一方で、飽和炭化水素(ヘキサンなど)とは混ざりにくい性質があります。
| 溶媒 | 混和性 | 用途例 |
|---|---|---|
| 水 | 完全混和 | HPLC移動相、抽出 |
| メタノール | 完全混和 | HPLC移動相 |
| クロロホルム | 混和 | 反応溶媒 |
| ヘキサン | 部分混和 | 液液分配 |
水との混和性を利用して、逆相HPLCでは水とアセトニトリルの混合比を変えることで分離条件を調整します。この柔軟な混合比調整が、幅広い化合物の分析を可能にしているのです。
また、多くの有機化合物や無機塩を溶解する能力も持っており、反応溶媒としての汎用性が高いという特徴があります。
溶解性の例:
・有機化合物:多くの化合物を良く溶解
・無機塩:過塩素酸塩、ヨウ化物などを溶解
・高分子:一部のポリマーを溶解
ただし、混和性が高いがゆえに、水分を吸収しやすいという欠点もあります。吸湿したアセトニトリルは純度が低下し、HPLCなどでのベースラインノイズの原因となることがあるでしょう。そのため、開封後は速やかに使い切るか、モレキュラーシーブなどで脱水処理を行う必要があります。
まとめ
本記事では、アセトニトリルの主要な物性値について詳しく解説してきました。
沸点は81.6℃、密度は0.782 g/cm³(20℃)、融点は-45.7℃という基本的な数値は、実験計画や安全管理の基礎となる重要な情報です。厚生労働省が提供するSDSデータと照らし合わせながら、これらの値を正確に把握することが、安全で効率的なアセトニトリルの使用につながります。
引火点が2℃と非常に低く、蒸気圧も高いため、取り扱いには十分な注意が必要でしょう。適切な換気、火気厳禁の徹底、密栓保管といった基本的な安全対策を怠らないことが大切です。
一方で、水との完全混和性、低粘度、適度な沸点といった特性が、HPLCをはじめとする分析化学や有機合成の分野で広く活用される理由となっています。各物性値の意味を理解し、目的に応じた最適な使用条件を選択することで、アセトニトリルの持つポテンシャルを最大限に引き出すことができるのです。
実験や製造現場でアセトニトリルを扱う際は、本記事で紹介した物性データを参考にしながら、常に安全を最優先に作業を進めてください。