化学の授業で、不飽和炭化水素の性質を調べる実験として、臭素水との反応がよく取り上げられます。アセチレンは炭素-炭素三重結合を持つため、臭素と特徴的な付加反応を起こすのです。
臭素付加反応では、赤褐色の臭素水が無色に脱色される現象が観察され、これが不飽和結合の検出法として利用されています。アセチレンの場合、三重結合に対して2段階の付加反応が進行する可能性があります。
第一段階では臭素分子が1つ付加してジブロモエチレンが生成され、さらに臭素が付加すると四臭化エタンが生成されます。反応条件によって、どの段階で反応が止まるかが変化するのです。
本記事では、アセチレンの臭素付加反応の詳しい化学反応式、段階的な反応機構、臭素水の脱色現象、反応条件の影響、実験方法と観察されるポイントまで、徹底的に解説していきます。
アセチレンの臭素付加反応の基本
それではまず、アセチレンと臭素の付加反応の基本について解説していきます。
第一段階の臭素付加反応
アセチレンに臭素を反応させると、まず三重結合の1つのπ結合に臭素分子が付加します。この反応により、ジブロモエチレン(1,2-ジブロモエテン)が生成されるのです。
HC≡CH + Br2 → CHBr=CHBr
(アセチレン + 臭素 → 1,2-ジブロモエチレン)
構造式:
H-C≡C-H + Br-Br → H-C=C-H
| |
Br Br
この反応では、三重結合の1つのπ結合が開裂し、2つの臭素原子が炭素に付加します。三重結合が二重結合に変化し、各炭素原子に1つずつ臭素原子が結合するのです。
生成物の1,2-ジブロモエチレンには、シス型(cis)とトランス型(trans)の幾何異性体が存在します。
トランス型(trans):2つの臭素が反対側
一般的にトランス型の方が安定
通常の反応条件では、両方の異性体が混合物として生成されますが、トランス型が優勢となることが多いでしょう。
第二段階の臭素付加反応
ジブロモエチレンにさらに臭素が付加すると、二重結合が開裂して四臭化エタン(1,1,2,2-テトラブロモエタン)が生成されます。
(ジブロモエチレン + 臭素 → 四臭化エタン)
構造式:
H-C=C-H + Br-Br → H-C-C-H
| | | |
Br Br Br2 Br2
この反応により、二重結合が完全に消失し、すべて単結合の飽和化合物となります。各炭素原子に2つずつ臭素原子が結合した、1,1,2,2-四臭化エタンが生成するのです。
第二段階の反応は、第一段階よりもやや遅く進行します。二重結合は三重結合よりも反応性が低いため、過剰の臭素や長時間の反応が必要となるでしょう。
全体の反応式
アセチレンから四臭化エタンまでの全体の反応は、2分子の臭素が付加する過程として表せます。
(アセチレン + 臭素2分子 → 四臭化エタン)
段階的な反応:
HC≡CH → CHBr=CHBr → CHBr2-CHBr2
↓Br2 ↓Br2
(三重結合)(二重結合)(単結合のみ)
この全体の反応式は、アセチレン1分子に対して臭素2分子が付加することを示しています。三重結合が持つ2つのπ結合に、それぞれ臭素分子が付加する過程です。
実際の反応では、臭素の量や反応条件によって、どの段階で反応が停止するかが変化します。臭素が少量であれば第一段階で停止し、過剰であれば第二段階まで進行するのです。
| 反応段階 | 生成物 | 臭素の付加数 | 結合の種類 |
|---|---|---|---|
| 開始 | アセチレン | 0 | 三重結合 |
| 第一段階 | ジブロモエチレン | 1分子 | 二重結合 |
| 第二段階 | 四臭化エタン | 2分子 | 単結合のみ |
臭素水の脱色現象
続いては、アセチレンと臭素水の反応で観察される脱色現象について確認していきます。
臭素水の脱色が起こる理由
臭素水は、臭素(Br2)が水に溶解した溶液であり、特徴的な赤褐色を呈します。この色は、臭素分子自体の色によるものです。
アセチレンを臭素水に通すと、臭素分子がアセチレンと反応して付加します。その結果、遊離の臭素分子が消費され、溶液の色が消失するのです。
臭素水が赤褐色 → 反応後は無色透明
生成物のジブロモエチレンや四臭化エタンは無色の化合物であるため、臭素が消費されると溶液全体が無色になります。
この脱色反応は、不飽和炭化水素の検出法として広く利用されています。臭素水が脱色されれば、その物質に二重結合または三重結合が存在することを示すのです。
脱色されない → 飽和化合物(単結合のみ)
例:アセチレン、エチレンは脱色
エタンは脱色しない
脱色の速度は、化合物の反応性によって異なります。一般的に、三重結合を持つアルキンは二重結合を持つアルケンよりも反応性が高く、より速く臭素水を脱色する傾向があるでしょう。
脱色反応の観察方法
実験室で臭素水の脱色を観察する方法は、比較的簡単です。
2. アセチレンガスを通気する
3. 色の変化を観察する
結果:赤褐色 → 淡い色 → 無色透明
アセチレンガスを臭素水に吹き込むと、気泡とともにガスが溶液中を通過します。この際、臭素分子とアセチレンが接触し、付加反応が進行するのです。
反応の進行に伴い、臭素水の色が徐々に薄くなります。十分なアセチレンを通すと、最終的には完全に無色透明になります。
色の変化の速さは反応速度を反映しており、条件によって異なります。温度が高いほど、また臭素濃度が高いほど、脱色は速く進行するでしょう。
安全上の注意として、臭素は有毒で腐食性があるため、換気の良い場所(ドラフト内など)で実験を行う必要があります。また、皮膚や目に触れないよう保護具を着用することが重要です。
定量的な臭素の消費
アセチレンと臭素の反応は、化学量論的に進行します。アセチレン1モルに対して、最大2モルの臭素が付加するのです。
または
C2H2 : Br2 = 1 : 1(第一段階のみ)
臭素水中の臭素の量が既知であれば、脱色に要したアセチレンの量から、アセチレンの濃度や量を定量できます。逆に、一定量のアセチレンで脱色できる臭素の量を測定することもできるでしょう。
この定量的な関係は、ヨウ素価の測定など、不飽和度を定量する分析法の基礎となっています。
反応機構と反応条件
続いては、臭素付加反応の詳しい機構と、反応に影響を与える条件を確認していきます。
臭素付加の反応機構
臭素のアセチレンへの付加は、求電子付加反応として進行します。臭素分子が三重結合の電子豊富な領域に接近し、段階的に付加するのです。
2. π電子が臭素分子を攻撃、Br-Br結合が分極
3. 一方のBrが炭素に結合、臭素陰イオン(Br-)が生成
4. Br-がもう一方の炭素を攻撃
5. ジブロモエチレンが生成
より詳しく見ると、臭素分子がアセチレンに接近すると、π電子の影響で臭素-臭素結合が分極します。正電荷を帯びた側の臭素原子が炭素に結合し、ブロモニウムイオン中間体を経由する可能性も提唱されています。
ただし、三重結合への付加の詳細な機構は、二重結合への付加よりも複雑であり、いくつかの経路が提案されているのです。
反応の立体化学は、中間体の構造や反応条件によって変化します。シス型とトランス型の生成比は、溶媒の極性や温度などの影響を受けるでしょう。
反応速度に影響する因子
臭素付加反応の速度は、様々な因子によって影響を受けます。
・臭素濃度:高濃度ほど速い
・溶媒:極性溶媒で速い場合が多い
・光:光照射で促進される
・触媒:ルイス酸などが促進
温度の上昇は、分子の運動エネルギーを増加させ、衝突頻度と活性化エネルギーを超える分子の割合を高めます。そのため、反応速度が増大するのです。
臭素の濃度が高いほど、アセチレンとの衝突確率が高まり、反応速度が上昇します。ただし、過剰の臭素は第二段階の反応も促進するでしょう。
溶媒の極性は、中間体の安定化に影響します。極性溶媒中では、イオン性中間体が安定化され、反応が促進される傾向があります。
選択的な反応制御
反応条件を調整することで、第一段階で反応を止めるか、第二段階まで進行させるかを制御できます。
・臭素を当量(1モル当量)使用
・低温で反応
・反応時間を短く
第二段階まで進行:
・臭素を過剰(2モル当量以上)使用
・室温または加温
・十分な反応時間
ジブロモエチレンを選択的に得たい場合は、臭素の量を厳密に制御し、アセチレンに対して1モル当量のみを加えます。反応が完結したら、速やかに反応を停止することが重要です。
一方、四臭化エタンを得たい場合は、過剰の臭素を用いて十分な時間反応させます。臭素水の脱色が完全に止まるまで反応を続けるとよいでしょう。
工業的には、これらの中間体や最終生成物は、さらなる化学合成の原料として利用されます。反応の制御は、目的生成物の収率を最大化するために重要なのです。
他のハロゲンとの反応
続いては、臭素以外のハロゲンとアセチレンの反応も確認していきます。
塩素との付加反応
アセチレンは塩素(Cl2)とも付加反応を起こします。反応様式は臭素の場合と同様です。
HC≡CH + Cl2 → CHCl=CHCl
(ジクロロエチレン)
第二段階:
CHCl=CHCl + Cl2 → CHCl2-CHCl2
(四塩化エタン)
塩素は臭素よりも反応性が高く、より速く付加反応が進行します。そのため、反応の制御がやや難しくなります。
塩素水も臭素水と同様に脱色されますが、塩素水は黄緑色を呈しており、脱色により無色透明になるのです。
ジクロロエチレンや四塩化エタンは、有機合成の重要な中間体として利用されます。特に四塩化エタンは、さらなる反応によってトリクロロエチレンやテトラクロロエチレンなどの溶剤が製造されるでしょう。
ヨウ素との反応
ヨウ素(I2)もアセチレンと付加反応しますが、反応性は臭素や塩素よりも低くなります。
(ジヨードエチレン)
反応性:Cl2 > Br2 > I2
ヨウ素は紫黒色の固体であり、水にはほとんど溶けません。ヨウ素の付加反応は、通常、ヨウ素のエタノール溶液などを用いて行われます。
反応速度が遅いため、加熱や触媒の使用が必要となる場合があります。ヨウ素水(ヨウ素-ヨウ化カリウム水溶液)を用いることもできるでしょう。
フッ素との反応
フッ素(F2)は極めて反応性が高く、アセチレンとは激しく反応します。
制御が困難、爆発的反応の危険性
フッ素はハロゲンの中で最も電気陰性度が高く、酸化力が強いため、単純な付加反応だけでなく、C-H結合の切断や燃焼も起こる可能性があります。
そのため、フッ素とアセチレンの直接的な反応は、実験室レベルでは通常行われません。特殊な条件下や、フッ素化剤を用いた間接的なフッ素化反応が利用されるでしょう。
| ハロゲン | 反応性 | 生成物の色 | 反応の制御 |
|---|---|---|---|
| F2 | 極めて高い | – | 非常に困難 |
| Cl2 | 高い | 無色 | やや困難 |
| Br2 | 中程度 | 無色 | 比較的容易 |
| I2 | 低い | 淡黄色 | 容易 |
実験上の注意点と観察ポイント
最後に、アセチレンの臭素付加実験を行う際の注意点と観察すべきポイントをまとめます。
安全上の注意事項
アセチレンと臭素の両方とも危険性の高い物質であるため、実験には十分な注意が必要です。
・爆発範囲が広い(2.5~100 vol%)
・火気厳禁
・換気必須
アセチレンは可燃性ガスであり、空気と混合すると広範囲で爆発性混合気を形成します。実験室では、火気を完全に除去し、換気の良い場所で取り扱う必要があるのです。
・腐食性が強い
・刺激臭
・保護具着用必須
臭素は強い酸化剤であり、皮膚や粘膜に対して腐食性を示します。蒸気を吸入すると呼吸器系に損傷を与える可能性があるため、ドラフト内での作業が必須です。
保護眼鏡、手袋、白衣などの保護具を必ず着用し、臭素が皮膚に触れないよう注意しましょう。
観察すべき現象
実験では、以下の現象を注意深く観察します。
2. 脱色の速度
3. 気泡の発生状況
4. 沈殿や濁りの有無
5. 温度変化(発熱反応)
臭素水の脱色は、不飽和結合の存在を示す明確な証拠です。色の変化を定性的に観察するだけでなく、脱色に要する時間を測定することで、反応速度を評価できます。
反応は発熱反応であり、試験管が温かくなることが感じられる場合があります。大量の反応では、温度上昇がより顕著になるでしょう。
生成物が水に不溶の場合、白濁や油滴の生成が観察されることもあります。ジブロモエチレンや四臭化エタンは水に溶けにくいため、二層に分離する可能性があるのです。
対照実験の重要性
臭素水の脱色がアセチレンの不飽和結合によるものであることを確認するため、対照実験を行うことが推奨されます。
→ 脱色されない(色が残る)
不飽和炭化水素(アセチレン、エチレン)+ 臭素水
→ 脱色される
エタン(C2H6)のような飽和炭化水素は、炭素-炭素単結合のみを持つため、通常の条件では臭素と付加反応を起こしません。臭素水の色は保たれたままです。
この対照により、脱色が不飽和結合に特異的な反応であることが確認できるのです。
エチレン(C2H4)も二重結合を持つため、臭素水を脱色します。ただし、アセチレンと比較すると脱色の速度がやや遅い場合があり、反応性の違いを観察できるでしょう。
まとめ アセチレンの臭素水の脱色の化学反応式は?
アセチレンの臭素付加反応は、段階的に進行する求電子付加反応です。第一段階ではアセチレン(HC≡CH)に臭素1分子が付加してジブロモエチレン(CHBr=CHBr)が生成され、第二段階ではさらに臭素1分子が付加して四臭化エタン(CHBr2-CHBr2)が生成されるのです。
臭素水の脱色現象は、赤褐色の臭素分子がアセチレンと反応して消費されることで起こり、不飽和結合の検出法として広く利用されています。反応は化学量論的に進行し、アセチレン1モルに対して最大2モルの臭素が付加します。
反応条件によって生成物を制御でき、臭素を当量のみ使用すれば第一段階で停止し、過剰の臭素を用いれば第二段階まで進行します。塩素やヨウ素もアセチレンと同様の付加反応を起こしますが、反応性は Cl2 > Br2 > I2 の順となるのです。
実験では、アセチレンの引火性と臭素の毒性・腐食性に注意し、換気の良い場所で保護具を着用して行う必要があります。臭素水の色の変化を観察し、飽和炭化水素との対照実験を行うことで、不飽和結合の存在を確認できますので、安全に配慮しながら反応の特徴をしっかりと理解してください。
いつもありがとうございます!