化学反応

アセチレンのシアン化水素の付加反応の式や触媒は?アセトニトリルが生成?

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アセチレンの化学反応の中で、シアン化水素(HCN)の付加反応は工業的にも学術的にも重要な反応です。この反応により、アセトニトリル(CH3CN)やアクリロニトリル(CH2=CHCN)などの有用な化合物が合成されます。

シアン化水素の付加反応は、触媒の存在下で進行し、アセチレン1分子にHCN1分子が付加してアクリロニトリルが生成され、さらにHCNが付加するとマロノニトリルが生成されます。アセトニトリルは別の反応経路で生成される化合物です。

この反応は、銅触媒やアンモニウム塩触媒の存在下で進行し、反応条件によって生成物の選択性が変化します。工業的にはアクリロニトリルの製造が重要であり、合成繊維や合成樹脂の原料として大量に生産されているのです。

本記事では、アセチレンへのシアン化水素付加反応の詳しい化学反応式、触媒の種類と役割、反応機構、生成物の種類と用途、アセトニトリルとの関係、工業的応用まで、徹底的に解説していきます。

アセチレンとシアン化水素の付加反応の基本

それではまず、アセチレンとシアン化水素(HCN)の付加反応の基本について解説していきます。

基本的な化学反応式

アセチレンにシアン化水素が付加する反応は、段階的に進行します。第一段階でアクリロニトリルが生成され、さらに付加が進むとマロノニトリルが生成されるのです。

第一段階の反応式:HC≡CH + HCN → CH2=CH-CN

(アセチレン + シアン化水素 → アクリロニトリル)

構造式:

H-C≡C-H + H-CN → H2C=CH-CN

この反応では、アセチレンの三重結合の1つのπ結合が開裂し、シアン化水素(HCN)の水素原子とシアノ基(-CN)が付加します。三重結合が二重結合に変化し、アクリロニトリル(ビニルシアニド)が生成するのです。

アクリロニトリルは、C=C二重結合とC≡Nの三重結合(ニトリル基)を併せ持つ不飽和化合物です。

第二段階では、アクリロニトリルにさらにシアン化水素が付加する反応が起こり得ます。

第二段階の反応式:CH2=CH-CN + HCN → CH2(CN)-CH2-CN

(アクリロニトリル + シアン化水素 → マロノニトリル)

または

CH2=CH-CN + HCN → CH3-CH(CN)2

(エチリデンマロノニトリル)

第二段階の反応により、マロノニトリル(プロパンジニトリル)やその異性体が生成されます。これらは2つのシアノ基を持つ化合物です。

全体の反応式は、以下のようになります。

全体の反応式(2段階完了):HC≡CH + 2HCN → CH2(CN)-CH2(CN)

(アセチレン + シアン化水素2分子 → マロノニトリル)

実際には、反応条件や触媒によって、第一段階で反応を止めることも、第二段階まで進行させることも可能です。工業的にはアクリロニトリルの選択的合成が重要となるでしょう。

反応の分類と特徴

シアン化水素の付加反応は、求核付加反応に分類されます。

反応の分類:・付加反応(addition reaction)

・求核付加反応(nucleophilic addition)

・ヒドロシアン化反応(hydrocyanation)

・触媒反応(catalytic reaction)

求核付加反応としては、シアン化水素のシアニドイオン(CN⁻)が求核剤として機能します。ただし、触媒が関与する場合は機構がより複雑になるのです。

ヒドロシアン化反応は、HCNを付加する反応の総称です。アルケンやアルキンに対して広く適用される重要な反応であり、ニトリル化合物の合成法として利用されます。

触媒が必須であることも特徴です。無触媒では反応はほとんど進行せず、適切な触媒の選択が反応の成否を決定するでしょう。

反応条件の概要

アセチレンへのシアン化水素付加には、特定の条件が必要です。

主な反応条件:温度:60~150℃程度

圧力:常圧~数気圧

触媒:銅塩(CuCl、Cu2Cl2など)

アンモニウム塩(NH4Cl など)

溶媒:水溶液または無溶媒

温度は、使用する触媒によって最適値が異なります。銅触媒を用いる場合、60~100℃程度の比較的穏やかな条件で反応が進行します。

圧力は、アセチレンとHCNを効率的に接触させるために、やや加圧することが多いです。ただし、高圧すぎるとアセチレンの爆発危険性が増すため、注意が必要なのです。

触媒の選択が反応の選択性を大きく左右します。銅塩触媒は、アクリロニトリルを選択的に生成する傾向があり、工業的に重要です。

触媒の種類と役割

続いては、シアン化水素付加反応に使用される触媒の種類と、それぞれの特徴を確認していきます。

銅系触媒

最も一般的に使用されるのは、銅化合物を触媒とする方法です。

代表的な銅触媒:・塩化第一銅(CuCl)

・塩化第二銅(CuCl2)

・塩化第一銅と塩化アンモニウムの混合系

Cu2Cl2 + NH4Cl

・酢酸銅など

塩化第一銅(CuCl)は、最も効果的な触媒の一つです。アセチレンと配位錯体を形成し、HCNの付加を促進します。

銅-アセチレン錯体は、π錯体として知られており、銅イオンがアセチレンのπ電子と相互作用します。この相互作用により、三重結合が活性化され、求核剤であるCN⁻が攻撃しやすくなるのです。

銅触媒の作用機構(簡略化):1. Cu+ + HC≡CH → Cu-アセチレン錯体

2. 錯体 + CN⁻ → Cu-ビニルシアニド錯体

3. H+ が付加してアクリロニトリル生成

4. Cu+ が再生(触媒サイクル)

塩化アンモニウム(NH4Cl)を共触媒として添加すると、反応性が向上します。NH4Clは、反応系のpHを調整し、適切なCN⁻濃度を維持する役割を果たすでしょう。

銅触媒の利点は、比較的温和な条件で高い選択性を示すことです。アクリロニトリルを主生成物として得ることができ、副反応が少ないのです。

アンモニウム塩触媒

塩化アンモニウムなどのアンモニウム塩も、触媒として機能します。

アンモニウム塩触媒:・塩化アンモニウム(NH4Cl)

・臭化アンモニウム(NH4Br)

・他のアンモニウム塩

反応条件:やや高温(100~150℃)

アンモニウム塩は、単独でも触媒活性を示しますが、銅塩との併用がより効果的です。アンモニウムイオンが酸として作用し、反応中間体の安定化に寄与すると考えられています。

また、NH4Clは緩衝作用を持ち、反応系のpHを一定範囲に保ちます。これにより、HCNの解離平衡が適切に制御され、反応が円滑に進行するのです。

その他の触媒系

銅やアンモニウム塩以外にも、いくつかの触媒系が報告されています。

触媒系 特徴 反応温度
銅-アンモニウム塩 高選択性、工業的主流 60~100℃
ニッケル錯体 高活性、研究レベル 室温~80℃
パラジウム錯体 高選択性、高価 50~100℃
固体塩基触媒 環境適合性、開発中 100~150℃

ニッケルやパラジウムなどの貴金属錯体も、高い触媒活性を示します。ただし、コストが高いため、工業的な大規模生産には不向きです。

近年では、環境に配慮した触媒系の開発も進められています。固体触媒や回収可能な触媒など、持続可能な化学プロセスを目指した研究が行われているでしょう。

反応機構の詳細

続いては、シアン化水素付加反応がどのように進行するか、反応機構を確認していきます。

銅触媒による機構

銅触媒を用いた反応の詳細な機構は、以下のように考えられています。

銅触媒による詳細機構:1. シアン化水素の解離

HCN ⇄ H+ + CN⁻

2. 銅とアセチレンの錯体形成

Cu+ + HC≡CH → [Cu(C2H2)]+

3. シアニドイオンの求核攻撃

[Cu(C2H2)]+ + CN⁻ → Cu-CH=CH-CN

4. プロトン化

Cu-CH=CH-CN + H+ → CH2=CH-CN + Cu+

5. 触媒の再生

第一段階では、HCNが部分的に解離してCN⁻を生成します。この解離は、触媒や共触媒の影響を受けるのです。

第二段階で、銅イオンがアセチレンとπ錯体を形成します。この錯体形成により、アセチレンの三重結合が活性化され、求核攻撃を受けやすくなります。

第三段階では、CN⁻が錯体化したアセチレンの炭素原子を攻撃します。この求核攻撃により、炭素-窒素結合が形成されるでしょう。

最後に、プロトン(H+)が付加してアクリロニトリルが生成し、銅イオンが解放されて触媒サイクルが完結します。

位置選択性と立体化学

HCNの付加には、位置選択性の問題があります。

マルコフニコフ則との関係:HC≡CH は対称分子のため、位置選択性の問題なし

非対称アルキンの場合:

RC≡CH + HCN → RCH=CH-CN(主生成物)

または

RC≡CH + HCN → RC(CN)=CH2(副生成物)

アセチレン自体は対称分子であるため、どちらの炭素にCN⁻が付加しても同じ生成物となります。しかし、置換アセチレンでは、電子密度の高い炭素にCN⁻が付加しやすい傾向があるのです。

生成したアクリロニトリルには、シス-トランス異性体(幾何異性体)は存在しません。ビニル基(CH2=CH-)の構造のため、異性化の問題は生じないでしょう。

副反応と選択性

主反応以外にも、いくつかの副反応が競合します。

主な副反応:・アセチレンの重合

・HCNの二重付加(マロノニトリル生成)

・アクリロニトリルの重合

・HCNの三量化(シアヌル酸生成)

アセチレンは反応性が高く、触媒存在下で重合しやすい性質があります。この重合反応を抑制しつつ、HCN付加を選択的に進行させることが重要です。

触媒の種類や濃度、反応温度、HCN/アセチレンの比率などを最適化することで、アクリロニトリルの選択率を向上させることができます。

工業プロセスでは、80~90%以上の選択率が達成されており、効率的な生成が可能となっているのです。

生成物の種類と用途

続いては、反応で生成される化合物の種類と、それぞれの用途を確認していきます。

アクリロニトリルの性質と用途

主生成物であるアクリロニトリル(CH2=CHCN)は、工業的に極めて重要な化合物です。

アクリロニトリルの基本データ:分子式:C3H3N

構造式:CH2=CH-CN

分子量:53.06

沸点:77.3℃

外観:無色の液体

アクリロニトリルは、二重結合とニトリル基を併せ持つ反応性の高い化合物です。これらの官能基により、多様な化学変換が可能となります。

工業的な主要用途は、以下の通りです。

アクリロニトリルの主な用途:・ABS樹脂の原料(アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン)

・アクリル繊維の原料(ポリアクリロニトリル)

・ニトリルゴムの原料

・アクリルアミドの合成中間体

・各種化学品の原料

ABS樹脂は、自動車部品、家電製品、玩具など幅広い用途を持つ汎用エンジニアリングプラスチックです。世界で年間数百万トン規模で生産されています。

アクリル繊維(商品名:アクリラン、オーロンなど)は、衣料用繊維として重要です。ウールに似た風合いを持ち、セーターやブランケットなどに使用されるでしょう。

ニトリルゴム(NBR)は、耐油性に優れたゴムであり、工業用シール材、手袋などに使用されます。

現代では、アセチレンからではなく、プロピレンとアンモニアを原料とする「ソハイオ法」が主流となっています。しかし、歴史的にはアセチレン法も重要な製造法でした。

マロノニトリルの性質と用途

第二段階の生成物であるマロノニトリル(CH2(CN)2)も、化学的に有用な化合物です。

マロノニトリルの基本データ:分子式:C3H2N2

構造式:CH2(CN)2

分子量:66.06

融点:32℃

沸点:218℃(分解)

マロノニトリルは、2つのシアノ基を持つため、非常に反応性が高い化合物です。中央のメチレン基(-CH2-)の水素原子は、酸性が強く、容易に脱プロトン化されます。

主な用途は、有機合成の中間体です。

マロノニトリルの用途:・医薬品中間体

・農薬中間体

・染料中間体

・縮合反応の原料

・複素環化合物の合成

マロノニトリルは、カルボニル化合物との縮合反応(クネーベナーゲル縮合)などに利用されます。これにより、様々な機能性化合物を合成できるのです。

工業的な生産規模はアクリロニトリルよりはるかに小さいですが、ファインケミカル分野で重要な役割を果たしているでしょう。

アセトニトリルとの関係

ここで、アセトニトリル(CH3CN)との関係を明確にしておく必要があります。

アセトニトリルの構造:分子式:C2H3N

構造式:CH3-CN

アセチレンからの直接合成:困難

アセトニトリル(メチルシアニド)は、アセチレンにHCNを付加しても直接的には生成されません。アセチレン(C2H2)にHCNが付加すると、炭素数が3つになるため、アクリロニトリル(C3H3N)が生成するのです。

アセトニトリルは、別の合成経路で製造されます。

アセトニトリルの主な製造法:1. プロピレンのアンモ酸化の副生成物

(アクリロニトリル製造時)

2. 酢酸とアンモニアの反応

CH3COOH + NH3 → CH3CN + 2H2O

3. エタノールとアンモニアの脱水素

C2H5OH + NH3 → CH3CN + 3H2

アセトニトリルは、有機溶媒として広く使用される重要な化合物です。HPLC(高速液体クロマトグラフィー)の移動相や、化学反応の溶媒として、年間数十万トン規模で生産されているでしょう。

したがって、「アセチレンへのHCN付加でアセトニトリルが生成する」という記述は誤りであり、正しくは「アクリロニトリルが生成する」となります。

工業的応用と歴史

最後に、アセチレンのヒドロシアン化反応の工業的な応用と歴史的背景をまとめます。

歴史的発展

アセチレンへのHCN付加反応は、20世紀前半に開発されました。

歴史的背景:1930年代:反応の発見と基礎研究

1940~1950年代:工業化の開始

1960年代:大規模生産の確立

1970年代以降:プロピレン法への移行

第二次世界大戦前後の時期、石炭化学が主流であった時代に、アセチレンを原料とする化学工業が発展しました。アクリロニトリルの製造もこの流れの中で確立されたのです。

1950~1960年代には、アセチレン法が主要な製造法として世界中で採用されました。特に、石炭資源が豊富で石油資源に乏しい国々で重要視されました。

しかし、1970年代以降、石油化学の発展により、プロピレンを原料とする「ソハイオ法」が主流となりました。この方法は、経済性と効率性で優れていたためです。

現代における位置づけ

現代では、アセチレンからのアクリロニトリル製造は、ほとんど行われていません。

現代のアクリロニトリル製造:主流:ソハイオ法(プロピレンのアンモ酸化)

反応:C3H6 + NH3 + 3/2O2 → C3H3N + 3H2O

触媒:Bi-Mo系またはFe-Sb系酸化物

生産比率:世界の95%以上

ソハイオ法は、プロピレン、アンモニア、空気を原料とし、一段階でアクリロニトリルを合成します。プロセスが簡潔で、経済的に非常に有利なのです。

ただし、中国など石炭資源が豊富な地域では、石炭化学の再評価が進んでおり、アセチレン化学の研究も継続されています。エネルギー資源の多様化という観点から、将来的に重要性が増す可能性もあるでしょう。

学術的・教育的意義

工業的には主流ではなくなりましたが、アセチレンへのHCN付加反応は、有機化学教育において重要です。

教育的意義:・求核付加反応の典型例

・触媒の役割の理解

・選択性の概念

・工業化学の歴史

・合成戦略の学習

この反応は、アルキンへの求核付加という重要な反応型の代表例です。触媒がどのように反応を促進し、選択性を制御するかを学ぶ上で、優れた教材となります。

また、化学工業の歴史的発展を理解する上でも重要な事例です。原料の変遷、技術の進歩、経済性の追求など、化学産業の動向を学ぶことができるでしょう。

まとめ アセチレンのシアン化水素の化学反応式や触媒は?アセトニトリルが生成?

アセチレンにシアン化水素(HCN)が付加する反応では、第一段階でアクリロニトリル(CH2=CHCN)が生成され、反応式は HC≡CH + HCN → CH2=CH-CN で表されます。さらにHCNが付加すると、マロノニトリル(CH2(CN)2)が生成されますが、アセトニトリル(CH3CN)は直接的には生成されません。アセトニトリルは炭素数が2であり、アセチレン(C2)にHCNが付加すると炭素数が3となるため、生成物はアクリロニトリル(C3)となるのです。

反応には触媒が必須であり、最も一般的なのは銅系触媒(CuCl、Cu2Cl2など)とアンモニウム塩(NH4Cl)の組み合わせです。反応は60~100℃程度の比較的穏和な条件で進行し、銅イオンがアセチレンとπ錯体を形成することで三重結合を活性化し、シアニドイオン(CN⁻)の求核攻撃を促進します。

生成物のアクリロニトリルは、ABS樹脂、アクリル繊維、ニトリルゴムなどの原料として工業的に極めて重要な化合物です。歴史的には1940~1960年代にアセチレン法が主流でしたが、現代では経済性に優れるプロピレンのアンモ酸化(ソハイオ法)が95%以上を占めています。

しかし、求核付加反応の典型例として、触媒化学や合成戦略を学ぶ上で教育的意義が高く、化学工業の歴史を理解する上でも重要な反応ですので、反応式、触媒の役割、生成物の関係をしっかりと理解してください。

いつもありがとうございます!