「カオスエンジニアリング」という言葉を聞いて、「わざとシステムを壊す?」と驚いた方もいるのではないでしょうか。
カオスエンジニアリングはNetflixが提唱した革新的なシステム信頼性向上の手法であり、現代の大規模分散システムにおいて非常に重要なエンジニアリング実践として注目されています。
本記事では、カオスエンジニアリングの意味・目的・背景・基本的な考え方まで、わかりやすく解説していきます。
信頼性の高いシステムを構築・運用したいエンジニアやSREの方に、特に参考になる内容です。
カオスエンジニアリングとは意図的に障害を起こしてシステムの耐性を検証するエンジニアリング手法である
それではまず、カオスエンジニアリングの基本的な定義と概念について解説していきます。
カオスエンジニアリング(Chaos Engineering)とは、本番環境または本番に近い環境において意図的に障害・異常(カオス)を注入し、システムが想定外の状況に対してどのように振る舞うかを検証することで、システムの信頼性・耐障害性を向上させるエンジニアリング実践です。
カオスエンジニアリングの核心的な考え方は「本物の障害が起きる前に、自分たちでわざと障害を起こして弱点を発見・修正する」というものです。
従来の「障害が起きないことを祈る」受動的なアプローチから、「障害が起きても大丈夫なシステムを積極的に作る」能動的なアプローチへの転換を促す考え方と言えるでしょう。
カオスエンジニアリングの公式な定義は、Netflixのエンジニアたちが発表した「Principles of Chaos Engineering(カオスエンジニアリングの原則)」に記されています。
その定義では「分散システムが本番環境の乱流的な状況に耐える能力への信頼を構築するための、システムへの実験の規律」と表現されています。
カオスエンジニアリングが生まれた背景とNetflixの功績
続いては、カオスエンジニアリングが生まれた歴史的背景とNetflixの役割を確認していきます。
分散システムの複雑化とシステム障害の現実
現代の大規模ウェブサービスは、数十〜数百のマイクロサービスが複雑に連携する分散システムとして構築されています。
このような分散システムでは、どこかのコンポーネントが必ず障害を起こすという前提で設計することが不可欠です。
AWSのクラウドインフラですら定期的に障害が発生する現実において、「完全に障害が起きないシステムを作る」ことは非現実的な目標になっています。
NetflixとChaos Monkeyの誕生
カオスエンジニアリングの発祥はNetflixです。
Netflixは2011年にAWSクラウド基盤への全面移行を進めるにあたり、クラウド環境での予期せぬ障害に対するシステムの耐性を検証するツール「Chaos Monkey(カオスモンキー)」を開発しました。
Chaos Monkeyは本番環境のサーバーインスタンスをランダムに強制停止させるというシンプルながら衝撃的なツールであり、Netflixのシステムがインスタンス障害に自動的に対処できるかどうかを継続的に検証しました。
「本番でわざとサーバーを落とす」というNetflixの大胆なアプローチは業界に衝撃を与え、カオスエンジニアリングという新しいディシプリンの誕生へとつながりました。
Simian Army(シミアンアーミー)への進化
Chaos Monkeyの成功を受け、Netflixはより多様な障害シナリオをシミュレートする「Simian Army(シミアンアーミー)」ツール群を開発しました。
Latency Monkey(遅延注入)、Conformity Monkey(設定違反の検出)、Doctor Monkey(異常インスタンスの検出)などが含まれ、多角的なシステム耐性検証が可能になりました。
カオスエンジニアリングの目的と期待される効果
続いては、カオスエンジニアリングを実践することの目的と期待される具体的な効果を確認していきます。
システムの弱点・未知の脆弱性の早期発見
カオスエンジニアリングの第一の目的は、本番障害が発生する前に、システムの弱点・設計上の問題・予期せぬ依存関係を事前に発見することです。
通常のテストやコードレビューでは発見しにくい「インフラレベルの耐障害性」や「サービス間依存関係の問題」を、実際の障害注入実験によって明らかにできます。
SRE・運用チームの障害対応力の向上
定期的にカオス実験を実施することで、SRE(Site Reliability Engineering)チームや運用チームは障害対応のシミュレーションを繰り返し経験できます。
障害検知・アラート・対応プロセスの実効性を本番環境で継続的に検証することで、実際の障害時に迅速かつ的確に対応できる組織力が養われます。
モニタリング・アラートの網羅性の確認
カオス実験中に、モニタリングシステムが障害を正確に検知できているか、適切なアラートが発報されているかを確認することも重要な目的のひとつです。
「実際に障害が起きているのにアラートが出なかった」という状況を事前に発見・修正できます。
カオスエンジニアリングの基本原則
続いては、カオスエンジニアリングを実践するうえでの基本的な原則を確認していきます。
定常状態の仮説を立てる
カオスエンジニアリングの実践では、まず「正常なシステムの定常状態(Steady State)」を定義することが出発点です。
リクエスト成功率・レスポンスタイム・スループットなどのメトリクスを定量的に定義し、これを基準として障害注入後もシステムが定常状態を維持できるかを検証します。
本番環境でのリスク管理
カオス実験は原則として本番環境(またはそれに近い環境)で実施することが推奨されますが、ビジネスへの影響を最小化するための安全策が必要です。
実験の影響範囲を限定するための「ブラスト半径(Blast Radius)」の制御と、異常を検知した際に即座に実験を停止できる「緊急停止スイッチ」の準備は必須条件です。
まとめ
本記事では、カオスエンジニアリングの意味・目的・歴史的背景・基本原則について解説しました。
カオスエンジニアリングは意図的に障害を注入してシステムの耐障害性を事前に検証する実践的なエンジニアリング手法であり、Netflixが2011年にChaos Monkeyで先駆けとなりました。
本番環境での弱点発見・運用チームの対応力向上・モニタリングの検証など、複数の重要な目的を実現します。
大規模分散システムの信頼性を本物の障害が起きる前に高めたい組織にとって、カオスエンジニアリングの導入は強力な選択肢となるでしょう。