化学を学ぶ上で、有機化合物の構造を正確に理解することは極めて重要です。エチレンは最も単純なアルケン(不飽和炭化水素)であり、有機化学の基礎を学ぶ際に必ず登場する化合物でしょう。
本記事では、エチレンの様々な化学式表記(分子式、構造式、電子式、示性式)と分子量の計算方法について詳しく解説していきます。それぞれの表記法の意味や使い分け、さらには結合の特徴まで、化学初心者から学び直したい方まで理解できるよう丁寧に説明しましょう。構造式の書き方や電子配置の理解は、有機化学全体の理解につながる重要な基礎知識です。
エチレンとは?基本的な性質
それではまず、エチレンの基本的な性質について解説していきます。
エチレンの化学的特徴と用途
エチレン(ethylene)は、炭素2個と水素4個からなる最も単純なアルケンです。IUPAC命名法ではエテン(ethene)と呼ばれますが、慣用名のエチレンが広く使われています。
常温常圧では無色の気体であり、わずかに甘い芳香を持つことが特徴でしょう。CAS番号は74-85-1として登録されています。
エチレンの基本情報
慣用名:エチレン(Ethylene)
IUPAC名:エテン(Ethene)
CAS番号:74-85-1
状態:常温で気体
エチレンは石油化学工業における最も重要な基礎化学品の一つです。ポリエチレンの原料として大量に使用され、プラスチック製品の製造に欠かせません。
また植物ホルモンとしても機能し、果実の成熟を促進する作用があるのです。バナナやリンゴなどの果物が熟す過程で、エチレンガスが自然に生成されます。
工業的には、ナフサ(粗製ガソリン)の熱分解により大量生産されるでしょう。年間の世界生産量は約1億5千万トンに達し、化学工業の基幹原料となっています。
エチレンの物理的性質
続いては、エチレンの物理的性質を確認していきます。
エチレンは非常に軽い気体で、空気よりもわずかに軽いという特徴があります。水には溶けにくく、有機溶媒には比較的よく溶解するのです。
| 物理的性質 | 数値 |
|---|---|
| 沸点 | -103.7℃ |
| 融点 | -169.2℃ |
| 密度(気体、0℃) | 1.178 g/L |
| 水への溶解度(25℃) | 0.131 g/L |
| 引火点 | -136℃ |
沸点が-103.7℃と非常に低いため、常温では液化しません。工業的に液化するには、加圧または極低温条件が必要でしょう。
引火点が極めて低く、空気と混合すると爆発性の混合気を形成します。このため取り扱いには十分な注意が必要であり、火気厳禁の環境で管理されるのです。
無色無臭に近い気体ですが、高濃度では麻酔作用があります。かつては麻酔薬として医療現場でも使用されていた歴史があるでしょう。
エチレンの反応性と化学的性質
エチレンの最大の特徴は、炭素間の二重結合による高い反応性です。
二重結合は単結合よりも反応しやすく、様々な付加反応を起こします。この性質により、エチレンは多様な化学物質の合成原料となるのです。
【エチレンの主な反応】
・水素付加反応(エタンへの還元)
・ハロゲン付加反応
・水付加反応(エタノール生成)
・重合反応(ポリエチレン生成)
・酸化反応(エチレンオキシド生成)
二重結合のπ結合は、σ結合よりもエネルギーが低く、切断されやすい特性があります。そのため求電子試薬との反応が進行しやすいのです。
完全燃焼すると二酸化炭素と水を生成し、大きな発熱を伴います。この性質から、エチレンは高カロリーの燃料としても利用可能でしょう。
常温では比較的安定していますが、光や熱、触媒の存在下では重合反応が進行することがあります。保管時には不活性雰囲気下での管理が推奨されるのです。
エチレンの分子式と示性式
続いては、エチレンの基本的な化学式表記について確認していきます。
分子式C₂H₄の意味と読み方
エチレンの分子式はC₂H₄と表記されます。
この表記は、1分子中に炭素原子(C)が2個、水素原子(H)が4個含まれることを示しているのです。分子式は物質を構成する原子の種類と数のみを示し、構造に関する情報は含みません。
エチレンの分子式:C₂H₄
読み方:シー・ツー・エイチ・フォー
意味:炭素2個、水素4個から構成
分子式の表記ルールでは、通常C(炭素)を最初に、H(水素)を最後に書きます。他の元素がある場合は、アルファベット順に配置することが一般的でしょう。
同じ分子式を持つ化合物が複数存在することもあります。ただしC₂H₄の場合、この組成を持つ安定な化合物はエチレンのみです。
分子式だけでは結合の様子や立体構造は分かりません。そのため有機化学では、より詳細な情報を含む構造式や示性式が重要となるのです。
示性式CH₂=CH₂の表記法
エチレンの示性式はCH₂=CH₂と表記されます。
示性式は分子式よりも詳しく、官能基や結合の特徴を示す表記法です。「=」の記号は二重結合を表しており、2つの炭素原子が二重結合で結ばれていることが一目で分かるでしょう。
| 表記法 | エチレンの表記 | 特徴 |
|---|---|---|
| 分子式 | C₂H₄ | 原子の種類と数のみ |
| 示性式 | CH₂=CH₂ | 結合の特徴を含む |
| 組成式 | CH₂ | 最簡整数比 |
CH₂という単位が2つ、二重結合で結ばれた構造を表現しています。各炭素原子に水素原子が2個ずつ結合していることも読み取れるのです。
示性式の利点は、化学反応を考える際に有用な情報を提供することでしょう。二重結合の存在が明示されるため、どのような反応が起こりうるか予測しやすくなります。
ただし示性式でも、分子の立体的な配置や結合角度などの三次元的な情報は表現できません。より詳細な構造を示すには、構造式や立体配座式が必要となるのです。
組成式と経験式の違い
エチレンの組成式(経験式)はCH₂と表記されます。
組成式は、分子を構成する元素の最も簡単な整数比を示したものです。C₂H₄の場合、炭素と水素の比は2:4ですが、これを最簡整数比にすると1:2となり、CH₂という組成式になるのです。
【各種表記の関係】
組成式(経験式):CH₂
分子式:C₂H₄ = (CH₂)₂
示性式:CH₂=CH₂
組成式は主に実験的に求めた元素分析の結果を表すのに使われます。燃焼分析などで炭素と水素の質量比を測定し、組成式を決定するでしょう。
ただし組成式だけでは、実際の分子量や構造は特定できません。CH₂という組成式を持つ化合物には、エチレン(C₂H₄)、プロピレン(C₃H₆)、ブテン(C₄H₈)など多数存在するのです。
分子式を決定するには、組成式に加えて分子量の測定が必要となります。質量分析やその他の物理的測定により分子量を確定し、組成式の何倍かを決定することで分子式が得られるでしょう。
エチレンの構造式の書き方
続いては、より詳細な構造を表す構造式について確認していきます。
構造式の基本的な表記方法
エチレンの構造式は、原子の結合関係を線で表現します。
最も基本的な構造式では、炭素原子間の二重結合を二本の線で、炭素-水素間の単結合を一本の線で表記するのです。各炭素原子に2個の水素原子が結合していることが明確に示されます。
“`
H H
\ /
C=C
/ \
H H
“`
この表記により、どの原子とどの原子が結合しているか、また結合の種類(単結合か二重結合か)が一目で理解できるでしょう。
簡略化した構造式では、炭素原子の記号Cを省略することもあります。線の交点や端点が炭素原子を表し、水素原子も省略されることが多いのです。
簡略構造式:
H₂C=CH₂ または単に「C=C」(両端に水素2個ずつ)
有機化学では、この簡略表記が頻繁に使用されます。複雑な分子を表記する際に、すべての原子と結合を書くと煩雑になるため、慣例的な省略が行われるのです。
エチレンの場合は比較的単純なので、完全な構造式を書くことも多いでしょう。教科書や試験では、すべての原子と結合を明示した形式が一般的です。
二重結合の表現方法
エチレンの最大の特徴である炭素間二重結合は、構造式で重要な役割を果たします。
二重結合は2本の平行な線(=)で表記され、これは1つのσ結合と1つのπ結合から構成されていることを意味するのです。σ結合は炭素原子間を直線的に結ぶ強固な結合であり、π結合はその上下に広がる弱い結合でしょう。
| 結合の種類 | 特徴 | 結合エネルギー |
|---|---|---|
| C-C単結合 | σ結合のみ、回転可能 | 約348 kJ/mol |
| C=C二重結合 | σ結合 + π結合、回転不可 | 約614 kJ/mol |
| π結合単独 | 二重結合から単結合を引いた分 | 約266 kJ/mol |
二重結合の重要な性質として、回転が制限されることが挙げられます。単結合では結合軸周りに自由に回転できますが、二重結合では回転できません。これが幾何異性体(シス-トランス異性体)の存在につながるのです。
ただしエチレンの場合、両端の置換基が同じ(両方とも水素)であるため、幾何異性体は存在しません。より複雑なアルケンでは、二重結合の回転制限により異性体が生じるでしょう。
構造式を書く際には、二重結合を必ず2本の線で明確に表記することが重要です。単結合と区別するため、線の間隔を適切に保つことが求められます。
立体構造を考慮した表記
エチレンは平面構造を持つ分子であり、すべての原子が同一平面上に配置されています。
6個の原子すべてが同一平面上にあるという特徴は、sp²混成軌道によって説明されるのです。各炭素原子はsp²混成状態にあり、3つのσ結合を平面三角形状に形成します。
【エチレンの立体構造の特徴】
・全原子が同一平面上
・H-C-H結合角:約117°
・H-C-C結合角:約121.5°
・C=C結合長:約1.34 Å
・C-H結合長:約1.08 Å
この平面構造は、π結合の性質に由来します。π結合は炭素原子の上下に電子雲が広がった構造を持ち、この電子雲が最大の重なりを持つためには平面構造が最適なのです。
もし二重結合周りで回転しようとすると、π結合が切断されることになります。π結合の結合エネルギーは約266 kJ/molであり、常温ではこのエネルギーを得られないため回転できません。
立体構造を紙面上で表現する際には、くさび型表記(wedge-dash notation)が使われることもあります。ただしエチレンは平面分子なので、通常の構造式で十分に構造を表現できるでしょう。
エチレンの電子式と結合の詳細
続いては、電子配置に注目した電子式について確認していきます。
電子式の表記ルール
電子式は、原子価電子(最外殻電子)を点(・)や線(-)で表現する方法です。
エチレンの電子式では、各炭素原子の4個の価電子と、各水素原子の1個の価電子がどのように共有されているかを示します。共有電子対は線で、非共有電子対は点で表記するのが一般的でしょう。
“`
H:C::C:H
H H
“`
より詳細に書くと、二重結合部分の4個の電子(2対の共有電子対)が明示されます。
エチレンの電子式の特徴:
・炭素間に4個の共有電子(2本の結合)
・各C-H結合に2個の共有電子(1本の結合)
・非共有電子対は存在しない
エチレンの場合、すべての価電子が結合に使われており、非共有電子対(孤立電子対)は存在しません。各炭素原子は4本の結合を形成し、オクテット則を満たしています。
電子式を書く際の手順としては、まず各原子の価電子数を確認します。炭素は4個、水素は1個です。次に結合を形成する電子対を決定し、残りの電子を非共有電子対として配置するでしょう。
エチレンでは、炭素2個の価電子8個と水素4個の価電子4個、合計12個の電子がすべて結合に使用されます。C=C二重結合に4電子、4つのC-H単結合に各2電子ずつで合計8電子、総計12電子となり計算が合うのです。
オクテット則と電子配置
エチレンの電子配置は、オクテット則に従っています。
オクテット則とは、多くの原子が安定な電子配置として、最外殻に8個の電子を持とうとする傾向のことです。ただし水素は例外で、最外殻に2個の電子(二重則)で安定化します。
| 原子 | 価電子数 | 必要な電子数 | 結合数 |
|---|---|---|---|
| 炭素(C) | 4個 | 8個(オクテット則) | 4本 |
| 水素(H) | 1個 | 2個(二重則) | 1本 |
エチレンの各炭素原子は、1つの二重結合(4電子を共有)と2つの単結合(各2電子を共有)により、合計8個の電子を最外殻に持つことになります。これによりオクテット則が満たされ、安定な電子配置となるのです。
各水素原子は、1つの単結合により2個の電子を共有し、二重則を満たします。したがってエチレンは電子的に安定な分子といえるでしょう。
形式電荷を計算すると、すべての原子で0となります。これは電子が適切に配分されており、分子全体として中性であることを示すのです。
【形式電荷の計算】
形式電荷 = 価電子数 – 非共有電子数 – 結合電子数/2
炭素:4 – 0 – 8/2 = 0
水素:1 – 0 – 2/2 = 0
分子軌道と混成軌道の概念
エチレンの結合をより深く理解するには、混成軌道の概念が重要です。
各炭素原子はsp²混成状態にあります。これは1個のs軌道と2個のp軌道が混成して、3個の等価なsp²混成軌道を形成した状態です。
sp²混成軌道は平面三角形状に配置され、相互の角度は約120°となります。エチレンでは、各炭素原子の3つのsp²混成軌道のうち、1つが隣の炭素のsp²軌道と重なってC-Cσ結合を形成し、残り2つが水素原子の1s軌道と重なって2つのC-Hσ結合を形成するのです。
エチレンの軌道構成:
・各炭素:sp²混成(3つのσ結合用)+ 1つのp軌道(π結合用)
・C=Cσ結合:sp²-sp²軌道の重なり
・C=Cπ結合:p-p軌道の側面的重なり
・C-Hσ結合:sp²-s軌道の重なり
各炭素原子には、混成に関与しなかった1個のp軌道が残ります。この2つのp軌道が側面的に重なることで、π結合が形成されるのです。π結合の電子雲は、炭素間結合の上下に広がっています。
この軌道モデルにより、エチレンが平面構造を持つこと、二重結合周りで回転できないこと、高い反応性を示すことなどが説明できるでしょう。π電子は比較的エネルギーが高く、求電子剤の攻撃を受けやすいため、付加反応が進行しやすいのです。
エチレンの分子量計算
続いては、エチレンの分子量を実際に計算していきます。
原子量を用いた分子量の計算方法
分子量は、分子を構成する各原子の原子量を合計することで求められます。
エチレン(C₂H₄)の分子量を計算するには、炭素の原子量と水素の原子量を知る必要があるのです。標準的な原子量として、炭素は12.01、水素は1.008を使用します。
【エチレンの分子量計算】
炭素の原子量:12.01
水素の原子量:1.008
分子量 = (12.01 × 2) + (1.008 × 4)
= 24.02 + 4.032
= 28.052 ≈ 28.05
計算結果から、エチレンの分子量は約28.05となります。一般的には、有効数字を考慮して28.0または28と表記することが多いでしょう。
この分子量は、エチレン1モル(6.022×10²³個の分子)の質量が約28グラムであることを意味します。気体の状態方程式を用いた計算や、化学反応の量的関係を考える際に、この分子量が基礎データとなるのです。
モル質量と分子量の関係
分子量とモル質量は密接に関連していますが、厳密には異なる概念です。
分子量は無次元の数値であり、炭素12(¹²C)の質量を12と定義した相対質量です。一方、モル質量は単位を持ち、g/molで表されます。
| 用語 | 定義 | 単位 | エチレンの値 |
|---|---|---|---|
| 分子量 | 相対質量 | 無次元 | 28.05 |
| モル質量 | 1モルあたりの質量 | g/mol | 28.05 g/mol |
| 式量 | 化学式の相対質量 | 無次元 | 28.05 |
数値的には、分子量とモル質量は同じ値になります。エチレンの分子量が28.05であれば、モル質量は28.05 g/molです。
この関係を利用して、物質量(モル数)と質量を相互に変換できるでしょう。
例えば、エチレン56グラムは何モルか計算してみましょう。
モル数 = 質量(g)÷ モル質量(g/mol)
= 56 g ÷ 28.05 g/mol
≈ 2.0 mol
逆に、エチレン0.5モルの質量を求める場合は以下のようになります。
質量 = モル数 × モル質量 = 0.5 mol × 28.05 g/mol = 14.025 g ≈ 14 g
このような計算は、化学反応の量的関係を扱う化学量論で頻繁に使用されるのです。
気体の密度と分子量の関係
気体の場合、分子量から密度を計算することも可能です。
理想気体の状態方程式 PV = nRT を変形すると、気体の密度と分子量の関係式が導けます。密度 = (P × M) / (R × T)という式です(M:モル質量、P:圧力、T:温度、R:気体定数)。
標準状態(0℃、1気圧)におけるエチレンの密度を計算してみましょう。
密度 = (P × M) / (R × T)
P = 101325 Pa(1気圧)
M = 0.02805 kg/mol(28.05 g/molをkg単位に)
R = 8.314 J/(mol·K)
T = 273.15 K(0℃)
密度 = (101325 × 0.02805) / (8.314 × 273.15)
≈ 1.25 kg/m³ = 1.25 g/L
実測値はおよそ1.178 g/Lですので、理想気体として計算した値とほぼ一致します。わずかな差は、エチレンが完全な理想気体ではないことによるものでしょう。
この密度の値から、エチレンは空気(約1.29 g/L)よりもわずかに軽いことが分かります。そのため発生したエチレンガスは、やや上昇する傾向があるのです。
気体の分子量は、密度測定からも逆算できます。未知の気体の密度を測定し、上記の式を変形すれば分子量を求められるでしょう。これは古典的な分子量測定法の一つです。
まとめ
本記事では、エチレンの様々な化学式表記と分子量の計算方法について詳しく解説してきました。
エチレンの分子式はC₂H₄、示性式はCH₂=CH₂と表記されます。構造式では炭素間の二重結合を明示し、電子式では12個の価電子がすべて結合に使用されていることが示されるのです。各炭素原子はsp²混成状態にあり、平面構造を形成します。
分子量の計算では、炭素の原子量12.01と水素の原子量1.008を用いて、(12.01×2)+(1.008×4)=28.05と求められました。この値は、エチレン1モルの質量が約28グラムであることを意味し、化学量論計算の基礎となるでしょう。
エチレンの構造と性質の理解は、有機化学全体の理解につながります。二重結合の性質や反応性、分子量計算の方法など、ここで学んだ基礎知識は、より複雑な有機化合物を学ぶ際の土台となるのです。化学式の表記法を正確に理解し、適切に使い分けることで、化学的思考力を高めていきましょう。