有機化学において、エチレンは様々な化合物の合成原料として利用されます。その中でも、エチレンと酢酸の反応は興味深い化学変換の一つでしょう。
しかし、タイトルにある「エチレンの酢酸付加で酢酸エチルになる」という記述には、実は化学的な誤りが含まれています。正確には、エチレンに酢酸が付加すると酢酸ビニル(vinyl acetate)が生成されるのです。
酢酸エチル(ethyl acetate)は、エタノールと酢酸のエステル化反応によって合成される化合物であり、エチレンからの直接合成とは異なる経路をたどります。一方、酢酸ビニルはエチレンと酢酸、酸素の反応により工業的に大量生産され、ポリ酢酸ビニル(PVA)などの重要なポリマーの原料となっているのです。
本記事では、エチレンと酢酸の反応で実際に何が生成されるのか、酢酸ビニルの製造方法と反応機構、酢酸エチルとの違い、さらには工業的な製造プロセスまで、正確な化学知識とともに解説していきます。化学反応の正しい理解を深めていきましょう。
エチレンと酢酸の反応:何が生成されるのか
それではまず、エチレンと酢酸が反応すると何が生成されるのかを解説していきます。
酢酸エチルと酢酸ビニルの違い
まず、混同されやすい2つの化合物、酢酸エチルと酢酸ビニルの違いを明確にしましょう。
| 項目 | 酢酸エチル | 酢酸ビニル |
|---|---|---|
| 英語名 | Ethyl acetate | Vinyl acetate |
| 分子式 | C₄H₈O₂ | C₄H₆O₂ |
| 構造式 | CH₃COOCH₂CH₃ | CH₃COOCH=CH₂ |
| 分子量 | 88.11 | 86.09 |
| 官能基 | エステル(飽和) | エステル(不飽和、ビニル基) |
| 主な合成法 | エタノール+酢酸 | エチレン+酢酸+O₂ |
酢酸エチルは、エタノール(CH₃CH₂OH)と酢酸(CH₃COOH)が脱水縮合したエステル化合物です。構造式はCH₃COOCH₂CH₃であり、すべて単結合で構成された飽和エステルでしょう。
一方、酢酸ビニルは、ビニル基(CH₂=CH-)に酢酸がエステル結合した化合物です。構造式はCH₃COOCH=CH₂であり、二重結合を持つ不飽和エステルなのです。
エチレン(CH₂=CH₂)に酢酸が付加する反応では、エチレンの二重結合の一方が開裂して酢酸基が結合し、もう一方の炭素には水素が結合します。その結果、CH₃COOCH=CH₂という酢酸ビニルが生成されるのです。酢酸エチル(CH₃COOCH₂CH₃)を得るには、エチレンを一度エタノールに変換してから酢酸とエステル化する必要があります。
エチレンから酢酸ビニルへの反応式
エチレンと酢酸から酢酸ビニルを合成する反応は、酸素の存在下で触媒を用いて行われます。これは工業的に重要な反応であり、以下の反応式で表されるのです。
C₂H₄ + CH₃COOH + ½O₂ → CH₃COOCH=CH₂ + H₂O
または
CH₂=CH₂ + CH₃COOH + ½O₂ → CH₃COO-CH=CH₂ + H₂O
この反応では、エチレン、酢酸、酸素の3つの原料から、酢酸ビニルと水が生成されます。重要なポイントは、酸素が必須であることです。酸素がないと、この反応は進行しません。
反応機構は複雑ですが、簡略化すると以下のような段階を経ます。第一に、触媒上でエチレンと酸素が活性化される。第二に、酢酸がエチレンに付加する。第三に、酸化還元サイクルにより触媒が再生され、副生する水素が酸素によって水に酸化されるのです。
なぜ酢酸エチルにならないのか
エチレンと酢酸の反応で酢酸エチルが直接生成されない理由は、化学的な構造と反応性に基づいています。
エチレン(CH₂=CH₂)は二重結合を持つ不飽和炭化水素です。酢酸が付加する際、二重結合の一方の炭素に酢酸の-OCOCH₃基が、もう一方の炭素に-Hが結合します。その結果、必然的にCH₃COOCH=CH₂という構造になるのです。
もし酢酸エチル(CH₃COOCH₂CH₃)を得ようとすると、エチレンの両方の炭素に水素が2個ずつ結合している必要があります。これは、エチレンがエタン(CH₃CH₃)またはエタノール(CH₃CH₂OH)に変換された後でなければ実現できません。
酢酸エチルの合成経路
エチレン → エタノール → 酢酸エチル
CH₂=CH₂ + H₂O → CH₃CH₂OH
CH₃CH₂OH + CH₃COOH → CH₃COOCH₂CH₃ + H₂O
このように、酢酸エチルの合成には2段階の反応が必要であり、エチレンと酢酸の直接反応では得られないのです。
酢酸ビニルの工業的製造法
続いては、酢酸ビニルの実際の製造方法について確認していきます。
気相酸化酢酸化法の原理
現代の工業的酢酸ビニル製造は、気相酸化酢酸化法(vapor phase oxidative acetoxylation)が主流です。この方法は、1960年代に開発され、現在では世界の酢酸ビニル生産の大部分を占めています。
【反応条件】
典型的な工業条件は以下の通りです。
気相酸化酢酸化法の条件
触媒:パラジウム-金(Pd-Au)/シリカまたはアルミナ
温度:150~200℃
圧力:0.5~1.0 MPa
原料比:エチレン/酢酸/酸素 ≈ 1:1:0.5(モル比)
転化率:エチレン基準で10~15%(1パス)
選択率:90~95%
触媒としてパラジウム-金合金が使用されることが特徴です。純粋なパラジウムではなく、金を添加することで、選択性と触媒寿命が大幅に向上するのです。金の添加により、酢酸やエチレンの完全酸化(CO₂への燃焼)が抑制され、目的生成物である酢酸ビニルへの選択性が高まります。
反応機構と触媒サイクル
気相酸化酢酸化法の反応機構は、触媒の酸化還元サイクルに基づいています。簡略化した機構は以下の通りです。
【ステップ1】エチレンの触媒への吸着と活性化
エチレンがパラジウム触媒表面に吸着し、π錯体を形成します。
【ステップ2】酢酸の求核攻撃
酢酸(または酢酸イオン)が、活性化されたエチレンに求核攻撃を行い、酢酸ビニルの前駆体を形成するのです。
【ステップ3】β-水素脱離と酢酸ビニルの生成
中間体からβ-水素が脱離し、酢酸ビニルが生成されます。同時にパラジウムが2価から0価に還元されるのです。
【ステップ4】触媒の再酸化
還元されたパラジウム(Pd⁰)が、酸素によって2価(Pd²⁺)に再酸化されます。この段階で水素が酸素と反応し、水が生成されるでしょう。
触媒サイクルの概要
Pd²⁺ + C₂H₄ + CH₃COOH → CH₃COOCH=CH₂ + Pd⁰ + 2H⁺
Pd⁰ + 2H⁺ + ½O₂ → Pd²⁺ + H₂O
全体:C₂H₄ + CH₃COOH + ½O₂ → CH₃COOCH=CH₂ + H₂O
この触媒サイクルにより、パラジウムは消費されずに繰り返し反応に関与できます。酸素の役割は、触媒を再酸化し、サイクルを維持することなのです。
工業プロセスのフローと分離精製
実際の工業プラントでは、以下のようなプロセスフローで酢酸ビニルが製造されます。
【反応工程】
エチレン、酢酸蒸気、空気(または酸素)の混合ガスを、触媒充填反応器に供給します。反応は発熱反応であるため、反応器は冷却管により温度制御されるのです。
反応ガスは、複数の触媒層を通過します。各層の間で冷却することにより、温度の均一性と選択性を維持します。反応器出口では、酢酸ビニル、未反応原料、副生成物(CO₂、水など)の混合ガスが得られるでしょう。
【分離工程】
反応ガスは、まず冷却され、凝縮可能な成分(酢酸ビニル、酢酸、水)が液化されます。非凝縮ガス(未反応エチレン、CO₂、窒素)は一部をパージした後、反応器に循環されるのです。
凝縮液は、蒸留塔で分離精製されます。第一蒸留塔で水と酢酸を除去し、第二蒸留塔で高純度の酢酸ビニル(純度99.5%以上)を得るのです。
【副生成物の処理】
副生するCO₂は、排ガス処理装置で処理されてから大気放出されます。回収された酢酸は反応器に循環され、原料として再利用されるでしょう。
工業プロセスでは、未反応原料の循環システムにより、全体としての原料転化率を95%以上に高めています。1パスあたりの転化率は10~15%と低いですが、循環により効率的な生産が実現されているのです。また、触媒の寿命は通常2~3年であり、定期的な交換または再生が行われます。
酢酸ビニルの用途と重要性
続いては、酢酸ビニルがどのように利用されているかを確認していきます。
ポリ酢酸ビニル(PVA)の製造
酢酸ビニルの最大の用途は、ポリ酢酸ビニル(polyvinyl acetate、PVA または PVAc)の製造です。世界の酢酸ビニル生産量の約80%がPVA製造に使用されているのです。
ポリ酢酸ビニルは、酢酸ビニルの付加重合(ラジカル重合)によって製造されます。
n CH₃COOCH=CH₂ → [−CH(OCOCH₃)−CH₂−]ₙ
(酢酸ビニル) (ポリ酢酸ビニル)
ポリ酢酸ビニルの主要用途は、以下の通りです。
【接着剤】
木工用ボンド(白ボンド)として広く使用されています。水系エマルジョンとして供給され、安全性が高く使いやすいことが特徴です。紙、木材、布などの接着に適しており、家庭用から工業用まで幅広く利用されているでしょう。
【塗料・コーティング剤】
水性塗料のバインダー(結合剤)として使用されます。環境負荷が低く、VOC(揮発性有機化合物)排出が少ないため、環境規制に対応した塗料として需要が拡大しているのです。
【チューインガムの基材】
食品添加物として認可されており、チューインガムのベース材料に使用されます。
ポリビニルアルコール(PVAL)への変換
ポリ酢酸ビニルをケン化(加水分解)すると、ポリビニルアルコール(polyvinyl alcohol、PVAL または PVA)が得られます。これも酢酸ビニルの重要な誘導品です。
[−CH(OCOCH₃)−CH₂−]ₙ + n NaOH → [−CH(OH)−CH₂−]ₙ + n CH₃COONa
(ポリ酢酸ビニル) (ポリビニルアルコール)
ポリビニルアルコールの主要用途は、以下の通りです。
【繊維原料(ビニロン)】
ポリビニルアルコール繊維(ビニロン)は、強度と耐薬品性に優れ、漁網、ロープ、作業衣料などに使用されます。
【フィルム・包装材】
水溶性フィルムとして、洗剤や農薬の個包装に使用されます。使用後は水に溶けるため、取り扱いが便利で環境負荷も低いのです。
【紙加工剤】
紙の表面処理剤として使用され、強度向上、耐水性付与、印刷適性改善などの効果を発揮します。
【その他】
乳化剤、分散剤、サイジング剤、糊剤など、多様な用途に使用されるでしょう。
エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)
酢酸ビニルとエチレンを共重合させると、エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA: Ethylene-Vinyl Acetate copolymer)が得られます。これは、エチレンの剛性と酢酸ビニルの柔軟性を併せ持つ材料なのです。
n C₂H₄ + m CH₃COOCH=CH₂ → [−CH₂−CH₂−]ₙ[−CH(OCOCH₃)−CH₂−]ₘ
EVAの主要用途は、以下の通りです。
| 酢酸ビニル含有率 | 特性 | 主な用途 |
|---|---|---|
| 5~15% | やや柔軟 | フィルム、シート、パイプ |
| 15~40% | 柔軟、弾性 | 発泡材、ホットメルト接着剤 |
| 40~70% | 非常に柔軟 | 特殊接着剤、改質剤 |
EVA発泡体は、靴底材、スポーツマット、梱包材などに広く使用されます。軽量で柔軟性に優れ、クッション性が高いことが特徴でしょう。また、ホットメルト接着剤としても重要であり、製本、包装、自動車内装などに使用されているのです。
太陽電池のモジュール封止材としても、EVAは重要な役割を果たしています。透明性が高く、紫外線や湿気から太陽電池セルを保護する機能を持つのです。
まとめ
エチレンと酢酸の反応では、酢酸エチル(CH₃COOCH₂CH₃)ではなく、酢酸ビニル(CH₃COOCH=CH₂)が生成されます。この反応は、酸素の存在下でパラジウム-金触媒を用いて行われ、工業的に重要なプロセスとなっているのです。反応式は、C₂H₄ + CH₃COOH + ½O₂ → CH₃COOCH=CH₂ + H₂Oで表されます。
酢酸エチルを得るには、エチレンを一度エタノールに変換してから酢酸とエステル化する必要があり、直接合成はできません。酢酸ビニルは、ポリ酢酸ビニル(接着剤、塗料)、ポリビニルアルコール(繊維、フィルム)、エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA、発泡材、接着剤)などの原料として、年間数百万トンが生産されているのです。
エチレンと酢酸の反応を正しく理解することで、工業化学における重要な合成経路と、それによって生み出される多様な材料の価値が明確になります。化学反応式の正確な理解は、応用化学を学ぶ上での基礎となるでしょう。