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シアン化水素とは?作り方や匂いや用途(何に使うか)も解説!

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シアン化水素は、その強い毒性から恐れられている化学物質ですが、実は工業的には重要な原料として広く利用されています。化学式HCNで表されるこの化合物は、単純な構造でありながら多様な用途を持つのです。

「シアン化水素はどのように作られるのか」「特徴的な臭いとはどんなものか」「何に使われているのか」といった疑問を持つ方は多いでしょう。毒性の高さばかりが注目されがちですが、化学工業における役割を知ることも重要です。

シアン化水素は工業的に大量生産され、プラスチックや合成繊維の原料として使用されています。また、独特のアーモンド臭を持つことでも知られているのです。

本記事では、シアン化水素の基本情報から製造方法、特徴的な臭気の性質、そして実際の用途まで、詳しく解説していきます。化学物質の二面性を理解する上でも、有益な内容となっているでしょう。

 

シアン化水素とは

それではまず、シアン化水素の基本的な情報について解説していきます。

 

シアン化水素の基本情報

シアン化水素(Hydrogen cyanide)は、化学式HCNで表される無色の液体または気体です。常温(25℃)付近では揮発性の高い液体として存在し、沸点は25.6℃と非常に低くなっています。

分子量は27.03と小さく、水素(H)、炭素(C)、窒素(N)各1原子から構成される最もシンプルなニトリル化合物です。別名として青酸(prussic acid)とも呼ばれます。

この「青酸」という名称は、プルシアンブルー(紺青)という青色顔料との歴史的な関連に由来するでしょう。18世紀にこの顔料の製造過程でシアン化物が関与していたことから、この名が付けられたのです。

シアン化水素の基本データ

・化学式: HCN

・分子量: 27.03

・CAS番号: 74-90-8

・沸点: 25.6℃

・融点: -13.4℃

常温よりわずかに高い沸点のため、夏季には容易に気化します。この高い揮発性が、取り扱いの難しさと危険性を増大させる要因となっているのです。

工業的には年間数百万トン規模で生産されており、化学工業において重要な中間原料として位置づけられています。

 

化学的性質と特徴

続いては、化学的な特徴を確認していきます。

シアン化水素は弱酸性を示す化合物です。水溶液中では一部が電離し、H⁺とCN⁻(シアン化物イオン)を生成します。

酸解離定数(pKa)は約9.2であり、これは酢酸(pKa = 4.76)よりもはるかに弱い酸であることを示しています。しかし、金属イオンと反応して塩を形成する性質は持っているのです。

性質 特徴 数値・詳細
酸性度 弱酸 pKa = 9.2
極性 極性分子 双極子モーメント 2.98 D
溶解性 水に易溶 任意の割合で混和
引火性 非常に高い 引火点 -18℃

水への溶解性が高く、任意の割合で混和します。この性質により、水溶液として取り扱われることも多いでしょう。

化学的には比較的安定ですが、重合反応を起こしやすい性質があります。特に、塩基性条件下や高温で重合が進行し、褐色のポリマーを生成することが知られているのです。

シアノ基(-CN)は強力な配位子としても機能します。金属イオンと錯体を形成しやすく、この性質が後述する用途にも関連しているでしょう。

 

物理的性質(沸点・融点等)

さらに、物理的な特性を詳しく見ていきましょう。

シアン化水素の物理的性質は、その分子構造と極性によって特徴づけられます。小さな分子でありながら、極性が高いため、予想以上に高い沸点を示すのです。

シアン化水素の物理定数

沸点: 25.6℃(298.8 K)

融点: -13.4℃(259.8 K)

密度: 0.687 g/cm³(20℃、液体)

蒸気圧: 82.6 kPa(20℃)

臨界温度: 183.5℃

密度が0.687 g/cm³と水よりも軽いため、液体のシアン化水素は水に浮かびます。ただし、すぐに溶解して均一な溶液を形成するでしょう。

蒸気圧が高いことは、室温で容易に気化することを意味します。気体の密度は空気よりもわずかに軽く(比重0.94)、拡散しやすい性質があるのです。

温度 状態 特徴
-13.4℃以下 固体 白色の結晶
-13.4℃〜25.6℃ 液体 無色透明、揮発性
25.6℃以上 気体 無色、空気より軽い

熱伝導率や粘度などの輸送特性も、化学工学的な設計において重要となります。比熱容量は約2.62 J/(g·K)であり、温度変化に対する熱的な応答性を示すのです。

 

シアン化水素の作り方(製法)

続いては、シアン化水素の製造方法を確認していきます。

 

工業的製法(アンドルソー法)

現在、工業的に最も広く採用されている製法はアンドルソー法(Andrussow process)です。この方法は1920年代にレオニード・アンドルソーによって開発されました。

アンドルソー法では、メタン(CH₄)とアンモニア(NH₃)を触媒存在下で空気と反応させます。白金-ロジウム合金の触媒を用いて、1000〜1200℃の高温で反応を行うのです。

アンドルソー法の反応式

2CH₄ + 2NH₃ + 3O₂ → 2HCN + 6H₂O

触媒: 白金-ロジウム合金

温度: 1000〜1200℃

この反応は発熱反応であり、一度開始すれば自己維持されます。生成したシアン化水素は、冷却・吸収によって回収されるでしょう。

収率は約60〜70%と高く、大規模な連続生産に適しています。世界中の化学プラントで、この方法により年間数百万トンのシアン化水素が製造されているのです。

工程 条件 目的
原料混合 CH₄:NH₃:空気 = 1:1:適量 反応物の供給
触媒反応 1000〜1200℃、Pt-Rh触媒 HCN生成
冷却・吸収 急冷→水または硫酸吸収 HCN回収
精製 蒸留 高純度HCN取得

副生成物として水が大量に生成しますが、これは分離・除去されます。また、未反応のメタンやアンモニアはリサイクルされ、効率的な生産が実現されているのです。

 

実験室での合成方法

さらに、小規模な製法も見ていきましょう。

実験室レベルでは、より簡便な方法でシアン化水素を合成することができます。最も一般的な方法は、シアン化ナトリウムと硫酸の反応です。

シアン化ナトリウム(NaCN)に希硫酸を加えると、シアン化水素が発生します。この反応は室温でも進行するため、注意深く行う必要があるでしょう。

実験室での合成反応

NaCN + H₂SO₄ → HCN↑ + NaHSO₄

または

2NaCN + H₂SO₄ → 2HCN↑ + Na₂SO₄

発生したシアン化水素は気体として捕集されます。通常は冷却トラップを用いて液化するか、水やアルカリ溶液に吸収させて保存するのです。

別の方法として、ホルムアミド(HCONH₂)の脱水反応もあります。五酸化リン(P₂O₅)などの脱水剤を用いて、200℃程度で加熱すると、ホルムアミドからシアン化水素が生成されるでしょう。

方法 原料 特徴
シアン化物と酸 NaCN + H₂SO₄ 室温で反応、最も簡便
ホルムアミドの脱水 HCONH₂ + P₂O₅ 加熱必要、純度高い
シアン化カリウムと酸 KCN + HCl NaCNと同様

実験室での合成は、必ずドラフトチャンバー内で行うべきです。シアン化水素の毒性は極めて高く、わずかな吸入でも致命的となる可能性があるためでしょう。

 

天然での生成

最後に、自然界での存在について確認していきます。

シアン化水素は人工的に合成されるだけでなく、自然界にも存在します。特に、植物の防御機構として広く見られるのです。

多くの植物が青酸配糖体(cyanogenic glycosides)と呼ばれる化合物を含んでいます。これらの化合物は、植物が損傷を受けたときに酵素によって分解され、シアン化水素を放出するでしょう。

青酸配糖体を含む代表的な植物

・アンズ、モモ、ウメなどバラ科植物の種子

・キャッサバ(タピオカの原料)の塊根

・アーモンドの未熟な種子

・リンゴの種子

例えば、アンズの種子に含まれるアミグダリンという配糖体は、加水分解されるとシアン化水素を生成します。これが、これらの種子を大量に食べると中毒を起こす理由なのです。

キャッサバは熱帯地域で重要な食料源ですが、適切な処理(水にさらす、加熱する)をしないと、含まれる青酸配糖体からシアン化水素が生成され、毒性を示します。

植物 含有部位 青酸配糖体の種類
アンズ 種子 アミグダリン
キャッサバ 塊根 リナマリン
アーモンド 苦味種の種子 アミグダリン

火災時にも、窒素を含む合成繊維やウレタンなどが燃焼すると、シアン化水素が発生することがあります。これは火災現場での中毒の原因の一つとなっているのです。

 

シアン化水素の匂い

続いては、シアン化水素の特徴的な臭気を確認していきます。

 

特徴的な臭気(アーモンド臭)

シアン化水素は特徴的な苦いアーモンドの臭いを持つことで知られています。この臭いは、シアン化水素を検知する重要な手がかりとなるでしょう。

ただし、「苦いアーモンド臭」という表現は、実際に苦いアーモンド(ビターアーモンド)を嗅いだことがある人にしか理解できません。一般的な甘いアーモンド(スイートアーモンド)とは異なる臭いなのです。

シアン化水素の臭気特性

臭いの種類: 苦いアーモンド様

検知閾値: 0.5〜5 ppm(個人差大)

特徴: 刺激性は弱い

持続性: 揮発性が高く拡散しやすい

この臭いは、ビターアーモンドに含まれるアミグダリンが分解してシアン化水素を生成することに由来します。つまり、シアン化水素の臭いとビターアーモンドの臭いは、化学的に同じ物質によるものなのです。

臭気の検知閾値は比較的低く、数ppmレベルで感知できます。しかし、後述するように、すべての人が同じように臭いを感じられるわけではないという問題があるでしょう。

 

匂いを感じられる人・感じられない人

さらに、臭気感知の個人差について見ていきましょう。

シアン化水素の臭いに関して、非常に重要な事実があります。それは、人口の約20〜40%がこの臭いを感じられないという遺伝的な差異です。

この現象は特定嗅覚不全(specific anosmia)と呼ばれ、遺伝子の違いによって生じます。シアン化水素の臭いを感知する嗅覚受容体が機能しない、または存在しない人が一定割合いるのです。

シアン化水素の臭気感知能力

感知できる人: 約60〜80%

感知できない人: 約20〜40%

原因: 遺伝的な嗅覚受容体の違い

この個人差は、年齢、性別、人種によっても異なります。一般的に、若い人ほど感知能力が高く、加齢とともに低下する傾向があるでしょう。

集団 臭気感知不能者の割合 備考
一般成人 20〜40% 個人差大
高齢者 より高い 嗅覚の加齢変化
喫煙者 やや高い 嗅覚の低下

この事実は、臭いだけに頼った安全管理は不十分であることを意味します。シアン化水素を扱う現場では、臭気以外の検知方法(ガス検知器など)が必須となるのです。

自分が臭いを感じられるかどうかを事前に知っておくことも、安全管理上重要でしょう。ただし、実際のシアン化水素で確認することは危険なため、専門的な嗅覚テストが必要です。

 

臭気と危険性の関係

最後に、臭気検知の限界について確認していきます。

シアン化水素の臭気検知閾値は0.5〜5 ppm程度ですが、これは安全レベルと比較してどうでしょうか。職業曝露限界値(TWA)は約4.7 ppmとされているのです。

つまり、臭いを感じたときには、すでに危険なレベルに近いということになります。臭いによる警告は、安全マージンが非常に小さいのです。

濃度と影響の関係

0.5〜5 ppm: 臭気検知閾値

4.7 ppm: 職業曝露限界(8時間)

20〜40 ppm: 軽度の症状(頭痛等)

100〜300 ppm: 致死的となる可能性

さらに問題なのは、高濃度では嗅覚麻痺が起こることです。シアン化水素に長時間曝露されると、臭いを感じなくなってしまうでしょう。

濃度(ppm) 臭気の状況 危険度
1〜5 臭いを感じる人もいる 注意レベル
10〜20 多くの人が臭いを感じる 危険の開始
50以上 嗅覚麻痺の可能性 重大な危険

このため、シアン化水素を扱う環境では、臭いに頼らず、必ずガス検知器を設置し、定期的な空気のモニタリングを行う必要があります。個人用の携帯型検知器も有効でしょう。

換気システムの整備も不可欠です。シアン化水素は揮発性が高いため、適切な換気により濃度を安全レベルに保つことができるのです。

 

シアン化水素の用途(何に使うか)

続いては、シアン化水素の実際の用途を確認していきます。

 

化学工業での利用

シアン化水素の最大の用途は、化学工業における中間原料としての使用です。年間数百万トンが生産され、様々な化学製品の合成に利用されています。

最も重要な用途の一つが、アクリロニトリルの製造です。アクリロニトリルはプロピレンとシアン化水素から合成され、さらにアクリル繊維やABS樹脂の原料となるでしょう。

シアン化水素の主要用途

1. アクリロニトリル製造(最大用途、約60%)

2. アジポニトリル製造(ナイロン6,6の原料)

3. メタクリル酸メチル製造

4. シアン化ナトリウム製造

アジポニトリルは、ナイロン6,6の原料であるアジピン酸やヘキサメチレンジアミンの合成に使われます。この経路により、シアン化水素は衣料品産業にも間接的に貢献しているのです。

用途 最終製品例 消費割合
アクリロニトリル アクリル繊維、ABS樹脂 約60%
アジポニトリル ナイロン6,6 約20%
メタクリル酸エステル アクリル樹脂 約10%
その他 医薬品、農薬等 約10%

金属表面処理分野でも使用されます。シアン化物めっき浴の製造に用いられ、金や銀のめっきに利用されるのです。

 

合成原料としての用途

さらに、有機合成における役割を見ていきましょう。

シアン化水素は、ニトリル基(-CN)を導入するための試薬として、有機合成で広く使用されます。ニトリル基は、さらに様々な官能基へと変換できる便利な中間体でしょう。

医薬品合成においても重要な役割を果たしています。多くの医薬品分子にニトリル基が含まれており、その導入にシアン化水素やその誘導体が使われるのです。

合成反応での利用例

・カルボン酸の合成: ニトリルの加水分解

・アミンの合成: ニトリルの還元

・複素環化合物の合成: 環化反応

・α-ヒドロキシニトリルの合成: カルボニルへの付加

ストレッカー反応は、アミノ酸合成の古典的な方法であり、シアン化水素が重要な役割を果たします。アルデヒド、アンモニア、シアン化水素からα-アミノニトリルを経てアミノ酸が合成されるのです。

農薬の製造にも使用されます。除草剤や殺虫剤の一部は、シアン化水素を原料として合成される化合物を含んでいるでしょう。

分野 具体例 シアン化水素の役割
医薬品 抗がん剤、降圧剤等 ニトリル基の導入
農薬 除草剤、殺虫剤 複素環形成
香料 合成香料 官能基変換

キレート剤の製造にも利用されます。EDTA(エチレンジアミン四酢酸)などの合成において、シアン化水素由来の中間体が使われるのです。

 

その他の応用例

最後に、特殊な用途について確認していきます。

歴史的には、シアン化水素は燻蒸剤として使用されていました。穀物や建物の害虫駆除に利用されたのです。しかし、その毒性の高さから、現在では多くの国で使用が制限されています。

金の採掘においても、シアン化物は重要な役割を果たしてきました。金鉱石からの金の抽出に、シアン化ナトリウム溶液が使用されるのです。

特殊な用途

・金の採掘: シアン化法による抽出

・分析化学: 滴定試薬、錯形成剤

・電気めっき: シアン化物めっき浴

・写真: 現像定着液の成分(歴史的)

分析化学では、金属イオンの定量や分離にシアン化物が使用されます。特定の金属と安定な錯体を形成する性質を利用しているのです。

研究用途としては、同位体標識化合物の合成にも使われます。¹³C標識や¹⁴C標識のシアン化水素を用いることで、トレーサー実験が可能となるでしょう。

用途 現状 代替技術
燻蒸剤 大幅に制限 リン化アルミニウム等
金採掘 依然として主流 チオ尿素法等を研究中
めっき 一部で使用継続 非シアン浴への移行進行中

環境や安全性への配慮から、シアン化水素を使用しない代替プロセスの開発も進んでいます。しかし、経済性や技術的な理由から、完全な代替は難しい分野も残っているのです。

 

まとめ

シアン化水素(HCN)は、化学式が示す通り水素・炭素・窒素から成る単純な化合物ですが、沸点25.6℃という低い値のため、常温で揮発性の高い液体または気体として存在します。弱酸性を示し、水に任意の割合で溶解する性質を持つのです。

工業的にはアンドルソー法により大量生産されており、メタンとアンモニアを触媒存在下で反応させる方法が主流となっています。実験室ではシアン化ナトリウムと酸の反応で合成され、自然界では植物の青酸配糖体からも生成されるでしょう。

特徴的な苦いアーモンド臭を持ちますが、人口の20〜40%は遺伝的にこの臭いを感じられません。さらに、臭気検知閾値が職業曝露限界に近いため、臭いだけに頼った安全管理は不十分なのです。

主な用途は化学工業における中間原料であり、約60%がアクリロニトリル製造に、約20%がナイロン原料のアジポニトリル製造に使われています。医薬品、農薬、金属めっきなど、様々な分野で重要な役割を果たしているでしょう。

毒性の高さから危険視されがちですが、適切な管理のもとで化学工業に不可欠な物質として、現代社会を支えています。安全性と有用性のバランスを理解することが、この化合物を正しく評価する鍵となるのです。