物理学には「対称性」という概念が数多く存在しますが、その中でも特に重要なものの一つが「パリティ対称性」です。
パリティ対称性とは、空間を鏡に映したように左右反転させても物理法則が変わらないという性質のことを指します。
直感的には「当たり前」のように思えるこの概念が、実は素粒子物理学において大きな衝撃とともに覆された歴史があります。
本記事では、パリティ対称性の基本的な意味から、量子力学・素粒子物理学における役割、そしてパリティ非保存の発見まで、わかりやすく解説していきます。
パリティ対称性とは何か?基本的な意味と定義
それではまず、パリティ対称性の基本的な意味と定義について解説していきます。
パリティ(parity)とは、物理学において「空間反転」の操作に対する系の振る舞いを表す概念です。
空間反転とは、座標系においてすべての座標の符号を反転させる操作(x→-x、y→-y、z→-z)のことで、鏡に映したような変換に相当します。
空間反転(P変換)とは何か
パリティ変換(P変換)は、三次元空間のすべての座標を符号反転させる操作です。
日常的なイメージとしては「鏡に映した世界を見る」ことに対応しています。
鏡の世界では右手と左手が入れ替わり、時計回りが反時計回りになります。
物理法則がパリティ対称であるということは、「鏡に映した世界でも同じ物理法則が成り立つ」ということを意味するでしょう。
電磁気力や重力のような日常的なスケールの力については、このパリティ対称性が成り立つことが確認されています。
パリティの固有値と量子数
量子力学においては、パリティは演算子として定義され、状態(波動関数)に作用します。
パリティ演算子の固有値は+1(偶パリティ)または-1(奇パリティ)のいずれかです。
偶パリティ(+1):P変換を行っても波動関数の符号が変わらない(Ψ(-r) = +Ψ(r))
奇パリティ(-1):P変換を行うと波動関数の符号が反転する(Ψ(-r) = -Ψ(r))
パリティが保存される相互作用においては、反応の前後でパリティの積が保存されるというパリティ保存則が成り立ちます。
古典力学と電磁気学でのパリティ対称性
古典力学におけるニュートンの運動方程式は、パリティ変換に対して対称です。
位置ベクトルrは極性ベクトルであり、P変換でr→-rと変換されますが、運動方程式F=maの形は変わりません。
電磁気学においても、マクスウェル方程式はパリティ対称性を持っており、電荷の分布を鏡に映した世界でも同じ電磁気の法則が成立します。
素粒子物理学におけるパリティ対称性の役割
続いては、素粒子物理学におけるパリティ対称性の役割を確認していきます。
素粒子物理学では、自然界の四つの力(重力・電磁力・強い力・弱い力)それぞれについてパリティ対称性が成り立つかどうかが重要な問題となります。
強い力・電磁力とパリティ保存
重力・電磁力・強い核力の三つの相互作用は、いずれもパリティ対称性を持つことが知られています。
強い核力によるハドロン反応においては、反応前後のパリティが保存されることが実験で確認されており、これらの相互作用については「鏡の世界でも同じ反応が起こる」という直感が成り立ちます。
そのため長い間、すべての物理法則はパリティ対称であると信じられていました。
弱い力とパリティ非保存の発見
1956年、リー・ツンダオとヤン・チェンニンが弱い相互作用においてパリティが保存されない可能性を理論的に指摘しました。
翌1957年、呉健雄による実験(コバルト60のベータ崩壊実験)によって、弱い力がパリティ対称性を持たないことが実験的に証明されました。
この発見は物理学界に大きな衝撃をもたらし、リーとヤンは同年ノーベル物理学賞を受賞しています。
弱い相互作用におけるパリティ非保存の発見は、20世紀物理学における最大の発見の一つとされています。「自然は左右対称であるはずだ」という長年の信念が覆された歴史的な出来事です。
CPT定理と対称性の組み合わせ
パリティ(P)対称性の非保存が明らかになった後、物理学者たちは他の対称性との組み合わせに注目しました。
荷電共役変換(C:粒子と反粒子の入れ替え)とパリティ変換を組み合わせたCP対称性もまた、弱い相互作用において厳密には保存されないことが後に発見されました。
現在の素粒子物理学の標準模型では、CPT(荷電共役・パリティ・時間反転の組み合わせ)対称性は保存されると考えられています。
パリティ対称性に関連する現代物理学のトピック
続いては、パリティ対称性に関連する現代物理学のトピックを確認していきます。
パリティ対称性の概念は、現代の理論物理学や素粒子物理学においても活発に研究されている重要なテーマです。
ニュートリノのカイラリティとパリティ非保存
弱い相互作用でのパリティ非保存は、ニュートリノの性質と深く関係しています。
実験によれば、ニュートリノは常に左巻き(left-handed)であり、反ニュートリノは常に右巻き(right-handed)であることが確認されています。
このカイラリティの非対称性こそが、弱い相互作用がパリティ非保存となる根本的な理由の一つです。
素粒子の内部パリティ
素粒子にはそれぞれ「内部パリティ」と呼ばれる固有のパリティ量子数が割り当てられています。
たとえば陽子・中性子のパリティは+1、パイ中間子のパリティは-1とされています。
この内部パリティは素粒子反応における選択則を決定する重要な量子数であり、どのような反応が許されるかを判断する際に用いられます。
パリティ対称性と宇宙の物質優位性
宇宙において物質が反物質よりも多く存在する「バリオン非対称性」の謎は、CP対称性の破れと深く関係していると考えられています。
パリティ非保存およびCP非保存は、物質と反物質が同等に生成された初期宇宙において、物質が優位に残る原因を説明する重要な手がかりの一つです。
現在も加速器実験などで詳細な研究が続けられているテーマであり、宇宙の起源を解明するための鍵となるでしょう。
まとめ
本記事では、パリティ対称性の基本的な意味から量子力学・素粒子物理学における役割、そして歴史的なパリティ非保存の発見まで解説してきました。
パリティ対称性とは、空間反転操作に対して物理法則が不変であるという性質のことです。
重力・電磁力・強い力ではこの対称性が成り立つ一方、弱い力においてはパリティ対称性が破れていることが実験によって証明されました。
この発見は「自然界は左右対称である」という長年の常識を覆す革命的なものであり、現代素粒子物理学の発展を大きく促した出来事です。
パリティ対称性の理解は、素粒子物理学の深淵に迫るための重要な基礎知識となるでしょう。