高校化学の定量分析で必ず学ぶ重要な反応が、ヨウ素とチオ硫酸ナトリウムの反応です。この反応はヨウ素滴定という分析手法の基礎となっており、様々な物質の濃度や純度を測定するために広く利用されています。
ヨウ素の褐色溶液にチオ硫酸ナトリウム水溶液を加えていくと、徐々に色が薄くなり、最終的には無色透明になるという印象的な色の変化が観察できます。デンプン指示薬を使えば、青紫色から無色への変化で終点を正確に判定できるのです。
この記事では、ヨウ素とチオ硫酸ナトリウムの化学反応式について、基本的な反応の仕組みから酸化還元反応としての理解、ヨウ素滴定の原理、反応式の作り方と計算方法、実験時の観察ポイントまで詳しく解説していきます。滴定計算が苦手な方でも理解できるよう、丁寧に説明しますので、ぜひ参考にしてください。
ヨウ素とチオ硫酸ナトリウムの反応式の基本
それではまず、反応式の基本について解説していきます。
化学反応式の全体像
ヨウ素とチオ硫酸ナトリウムが反応すると、ヨウ化物イオンとチオ硫酸イオンが生成されます。この反応を化学反応式で表すと次のようになるでしょう。
この式から、ヨウ素(I₂)1分子とチオ硫酸ナトリウム(Na₂S₂O₃)2分子が反応して、ヨウ化ナトリウム(NaI)2分子とチオ硫酸ナトリウム(Na₂S₄O₆)1分子が生成されることが分かります。
係数の「2」がチオ硫酸ナトリウムとヨウ化ナトリウムについている理由は、ヨウ素分子(I₂)が2つのヨウ素原子からできているためです。それぞれのヨウ素原子が電子を1個受け取るため、チオ硫酸イオンも2個必要になるというわけですね。
イオン反応式で表すと、より本質的な反応が見えてきます。
I₂ + 2S₂O₃²⁻ → 2I⁻ + S₄O₆²⁻
このイオン反応式では、ナトリウムイオン(Na⁺)が省略されており、実際に反応に関与するイオンだけが示されています。ヨウ素がヨウ化物イオンに、チオ硫酸イオンがチオ硫酸イオンに変化することが明確に分かるでしょう。
反応に関わる物質の性質
この反応に関わる各物質の特徴を整理してみましょう。
| 物質名 | 化学式 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| ヨウ素 | I₂ | 黒紫色の固体、水溶液は褐色、酸化剤 |
| チオ硫酸ナトリウム | Na₂S₂O₃ | 無色の結晶、水によく溶ける、還元剤 |
| ヨウ化ナトリウム | NaI | 無色の塩、水溶性 |
| チオ硫酸ナトリウム | Na₂S₄O₆ | 無色の塩、水溶性 |
ヨウ素は常温で黒紫色の固体ですが、水にはあまり溶けません。しかし、ヨウ化カリウム水溶液に溶かすと、褐色の溶液となります。この褐色がヨウ素の特徴的な色であり、滴定実験での重要な目印となるのです。
チオ硫酸ナトリウムは別名を「ハイポ」とも呼ばれ、写真の定着液として使われていました。無色の結晶で水によく溶け、水溶液は無色透明です。
この反応では、褐色のヨウ素溶液に無色のチオ硫酸ナトリウム水溶液を加えることで、溶液の色が徐々に薄くなっていきます。この色の変化が、滴定の進行を視覚的に示してくれるのです。
生成物のヨウ化ナトリウムとチオ硫酸ナトリウムは、どちらも無色の物質です。そのため、反応が完了すると溶液は無色透明になります。
酸化還元反応としての理解
ヨウ素とチオ硫酸ナトリウムの反応は、酸化還元反応に分類されます。
この反応では、ヨウ素が還元剤であるチオ硫酸ナトリウムから電子を受け取って還元され、チオ硫酸イオンは電子を失って酸化されるのです。
ヨウ素(I₂):0 → -1 (還元される、酸化剤)
硫黄(S₂O₃²⁻のS):+2 → +2.5 (酸化される、還元剤)
ヨウ素が電子を受け取って還元され、チオ硫酸イオンの硫黄が電子を失って酸化されます。
ヨウ素分子(I₂)の各ヨウ素原子は、酸化数0の状態から-1のヨウ化物イオン(I⁻)になります。これは1個の電子を受け取ったことを意味しており、還元反応です。
チオ硫酸イオン(S₂O₃²⁻)中の硫黄の酸化数は平均+2ですが、チオ硫酸イオン(S₄O₆²⁻)では平均+2.5になります。これは電子を失ったことを示しており、酸化反応なのです。
還元(ヨウ素):
I₂ + 2e⁻ → 2I⁻
酸化(チオ硫酸イオン):
2S₂O₃²⁻ → S₄O₆²⁻ + 2e⁻
この2つの半反応式を足し合わせると、電子(e⁻)が消去されて、先ほどのイオン反応式が得られます。酸化反応と還元反応は常に同時に起こり、電子の授受の数も必ず一致するのです。
ヨウ素滴定の原理と仕組み
続いては、ヨウ素滴定の原理について確認していきます。
ヨウ素滴定とは何か
ヨウ素滴定とは、ヨウ素とチオ硫酸ナトリウムの反応を利用した定量分析の手法です。
滴定とは、濃度が正確に分かっている溶液(標準溶液)を、濃度が未知の溶液に少しずつ加えていき、反応が完了する点(終点)を見つけることで、未知溶液の濃度を求める方法のことを指します。
ヨウ素滴定では、チオ硫酸ナトリウムの標準溶液を使ってヨウ素の量を測定します。逆に、ヨウ素を使って還元性物質の量を測定することもできるのです。
1. ヨウ素溶液を正確にはかり取る
2. デンプン指示薬を加える(青紫色になる)
3. ビュレットからチオ硫酸ナトリウム水溶液を滴下
4. 色が薄くなっていく様子を観察
5. 青紫色が消えた点が終点
6. 使用したチオ硫酸ナトリウムの体積から計算
この滴定法は、ビタミンCの定量、漂白剤の有効塩素濃度の測定、銅イオンの定量など、様々な分野で応用されています。
ヨウ素滴定の大きな利点は、終点の判定が非常に明確であることです。デンプン指示薬を使えば、鮮やかな青紫色から無色への変化で終点が一目で分かるため、誤差が少ない正確な測定ができるのです。
デンプン指示薬の役割
ヨウ素滴定において、デンプン指示薬は極めて重要な役割を果たします。
デンプンとヨウ素は反応して、特徴的な青紫色の複合体を形成します。このヨウ素デンプン反応は、ヨウ素の検出に広く利用されている反応なのです。
| 状態 | ヨウ素の有無 | 溶液の色 |
|---|---|---|
| 滴定開始時 | ヨウ素あり | 青紫色 |
| 滴定途中 | ヨウ素減少中 | 青紫色(徐々に薄く) |
| 終点 | ヨウ素なし | 無色透明 |
デンプン指示薬を加えるタイミングも重要です。最初から加えてもよいのですが、溶液の色が薄くなってから加える方が終点を正確に判定できます。
ヨウ素濃度が高いうちにデンプンを加えると、非常に濃い青紫色になってしまい、終点付近での色の変化が見にくくなることがあります。そのため、褐色がかなり薄くなった時点でデンプンを加えるのが推奨されるのです。
・溶液の色が薄い黄色になってから加えると良い
・加えすぎると逆に見にくくなるので適量を使う
・終点では完全に無色透明になる
・温度が高すぎるとヨウ素デンプン反応が起こりにくい
デンプンとヨウ素の複合体は可逆的です。つまり、ヨウ素がなくなれば青紫色は消え、再びヨウ素が加わればまた青紫色になります。この性質により、終点の判定が非常に明確になるのです。
終点の判定方法
ヨウ素滴定における終点の判定は、色の変化によって行います。
チオ硫酸ナトリウム水溶液をゆっくり滴下していくと、青紫色の溶液が徐々に薄くなっていきます。終点が近づくと、色の変化が急激になってくるため、1滴ずつ慎重に滴下することが重要です。
1. 青紫色が薄くなってきたら滴下速度を落とす
2. よくかき混ぜながら1滴ずつ加える
3. 青紫色が完全に消えた瞬間が終点
4. 1滴加えすぎただけでも終点を過ぎるので注意
5. 30秒程度放置しても色が戻らないことを確認
終点では、青紫色が完全に消えて無色透明になります。この変化は非常に明確であり、1滴の差でも色の違いがはっきり分かるでしょう。
終点判定で注意すべきは、溶液をよくかき混ぜることです。かき混ぜが不十分だと、局所的にまだヨウ素が残っている可能性があり、正確な終点が分からなくなってしまいます。
また、終点に達した後、少し時間を置いて色が戻らないことを確認することも大切です。まれに、酸化されやすい物質が共存していると、空気中の酸素によってヨウ素が再生成され、わずかに色が戻ることがあるためです。
滴定操作では、白い紙を下に敷くと色の変化が見やすくなります。特に終点付近での微妙な色の違いを判定するのに役立つでしょう。
反応式の作り方と計算のポイント
続いては、反応式の作り方と計算方法について見ていきましょう。
イオン反応式から化学反応式を導く方法
ヨウ素とチオ硫酸ナトリウムの反応式を作る際は、イオン反応式から考える方法が理解しやすいでしょう。
まず、酸化と還元の半反応式をそれぞれ書き出します。
ステップ1:半反応式を書く
還元:I₂ + 2e⁻ → 2I⁻
酸化:2S₂O₃²⁻ → S₄O₆²⁻ + 2e⁻
ステップ2:電子の数を合わせる
(この場合はすでに両方とも2e⁻で一致)
ステップ3:両式を足し合わせる
I₂ + 2S₂O₃²⁻ → 2I⁻ + S₄O₆²⁻
ステップ4:ナトリウムイオンを加えて分子式にする
I₂ + 2Na₂S₂O₃ → 2NaI + Na₂S₄O₆
この方法で考えると、なぜ係数が2:1になるのかが明確に分かります。ヨウ素分子が2個のヨウ素原子からできており、それぞれが1個の電子を受け取るため、電子を1個ずつ供給するチオ硫酸イオンが2個必要になるというわけです。
チオ硫酸イオン(S₄O₆²⁻)の構造は複雑に見えますが、これは2つのチオ硫酸イオン(S₂O₃²⁻)が結合してできたものと考えると理解しやすくなります。
反応式を書く際の注意点は、電荷のバランスも確認することです。イオン反応式では、左辺と右辺で電荷の合計が一致していなければなりません。
物質量の関係と濃度計算
ヨウ素滴定の計算では、反応式から物質量の比を読み取ることが重要です。
反応式 I₂ + 2Na₂S₂O₃ → 2NaI + Na₂S₄O₆ から、ヨウ素とチオ硫酸ナトリウムは1:2の物質量比で反応することが分かります。
問題:0.10mol/Lのチオ硫酸ナトリウム水溶液20mLで、ヨウ素溶液を滴定したところ、終点に達した。このヨウ素は何molか。
解答手順:
1. チオ硫酸ナトリウムの物質量を求める
0.10mol/L × 0.020L = 0.0020mol
2. 反応式から物質量比を確認
I₂ : Na₂S₂O₃ = 1 : 2
3. ヨウ素の物質量を求める
ヨウ素のmol = 0.0020mol × (1/2) = 0.0010mol
答え:0.0010mol
| 物質 | 係数 | 物質量の関係 |
|---|---|---|
| I₂ | 1 | n(I₂) |
| Na₂S₂O₃ | 2 | 2×n(I₂) |
ヨウ素滴定の計算問題を解く際のポイントは、必ず物質量(mol)に換算してから比例計算を行うことです。体積や質量のまま計算すると間違いやすいので注意しましょう。
また、単位の換算も重要です。濃度がmol/Lで与えられている場合、体積はLに換算する必要があります。mLで与えられている場合は、1000で割ってLにすることを忘れないようにしてください。
よくある間違いと注意点
ヨウ素滴定の計算や実験で、生徒がよく間違えるポイントがいくつかあります。
計算問題では、物質量比を逆にしてしまうことが最も多い間違いです。ヨウ素1molに対してチオ硫酸ナトリウムは2mol必要であり、逆ではありません。
× I₂とNa₂S₂O₃の物質量比を1:1と考える
× 物質量比を2:1(逆)にしてしまう
× 体積の単位をLに換算し忘れる
× デンプンを加えるタイミングを間違える
× 終点を過ぎても滴下を続けてしまう
実験での間違いとしては、デンプン指示薬を加えるタイミングが早すぎることがあります。最初から加えても反応には問題ありませんが、終点の判定がやや難しくなることがあるのです。
また、滴定速度が速すぎて終点を通り過ぎてしまうケースもよく見られます。特に終点付近では、1滴ずつ慎重に加えることが重要でしょう。
チオ硫酸ナトリウム水溶液は、空気中の二酸化炭素や細菌の影響で徐々に分解することがあります。そのため、標準溶液として使用する際は、調製後なるべく早く使用するか、適切に保存することが必要です。
実験での観察ポイントと応用
続いては、実際の実験における重要事項を確認していきます。
実験時の観察事項と色の変化
ヨウ素滴定の実験では、印象的な色の変化が観察できます。
実験を開始すると、ヨウ素溶液は褐色を呈しています。ここにデンプン指示薬を加えると、鮮やかな青紫色に変化するのです。この色の変化自体も、ヨウ素の存在を示す重要な確認となります。
1. 滴定前:褐色のヨウ素溶液
2. デンプン添加後:鮮やかな青紫色
3. 滴定開始:色が徐々に薄くなる
4. 終点付近:薄い青紫色
5. 終点:無色透明に変化
6. 終点通過:無色のまま(変化なし)
チオ硫酸ナトリウム水溶液を滴下していくと、滴下した部分で一瞬無色になり、かき混ぜるとすぐに全体が青紫色に戻るという現象が観察できます。これは局所的にヨウ素が還元されているためです。
終点が近づくにつれて、この無色の部分が消えるのに時間がかかるようになります。これが終点が近いことを示すサインであり、滴下速度を落とすタイミングなのです。
終点では、1滴加えただけで青紫色が完全に消えて無色透明になります。この劇的な変化は、ヨウ素がすべて還元されてヨウ化物イオンになったことを示しているのです。
溶液の温度も観察のポイントとなります。温度が低すぎるとヨウ素デンプン反応の発色が弱くなり、高すぎると発色しなくなることがあります。室温(15〜25℃程度)で行うのが最適でしょう。
安全に実験を行うための注意点
ヨウ素滴定の実験では、いくつかの安全上の注意点があります。
ヨウ素は昇華性があり、蒸気には刺激性があります。また、皮膚に付着すると褐色の染みができてしまうため、取り扱いには十分な注意が必要です。
・保護眼鏡と手袋を着用する
・換気の良い場所で実験を行う
・ヨウ素溶液が皮膚についたらすぐに水で洗い流す
・ヨウ素の蒸気を直接吸い込まない
・チオ硫酸ナトリウム水溶液がこぼれないよう注意
・実験後は手をよく洗う
ヨウ素が皮膚についた場合、チオ硫酸ナトリウム水溶液で洗うと褐色の染みを取り除くことができます。これは、ヨウ素がヨウ化物イオンに還元されて無色になるためです。
ビュレットの操作にも注意が必要でしょう。ビュレットのコックを急に開けすぎると、溶液が勢いよく出てしまい、正確な滴定ができなくなります。特に終点付近では、慎重に操作することが重要です。
デンプン指示薬は自然に分解しやすいため、調製したものは長期保存せず、なるべく新鮮なものを使用することが推奨されます。古くなったデンプン溶液は、ヨウ素との反応が鈍くなることがあるのです。
ヨウ素滴定の実用例
ヨウ素滴定は、実験室だけでなく様々な実用的な場面で利用されています。
最もよく知られているのは、ビタミンC(アスコルビン酸)の定量でしょう。ビタミンCは還元性物質であり、ヨウ素と反応します。果汁や野菜に含まれるビタミンCの量を測定する際に、ヨウ素滴定が使われるのです。
・ビタミンCの定量(果汁、野菜、サプリメント)
・漂白剤の有効塩素濃度の測定
・銅イオンの定量(間接滴定法)
・二酸化硫黄の測定
・過酸化水素の濃度測定
・水質分析(溶存酸素の測定)
漂白剤の有効成分である次亜塩素酸ナトリウムの濃度も、ヨウ素滴定で測定できます。次亜塩素酸がヨウ化物イオンを酸化してヨウ素を遊離させ、その量をチオ硫酸ナトリウムで滴定するのです。
銅イオンの定量では、間接滴定法が使われます。銅イオンにヨウ化カリウムを加えると、ヨウ素が遊離します。この遊離したヨウ素の量を測定することで、銅イオンの量が分かるという仕組みです。
食品分析の分野でも、ヨウ素滴定は重要な役割を果たしています。油脂のヨウ素価(不飽和度の指標)の測定など、食品の品質管理に利用されているのです。
環境分析では、水中の溶存酸素の測定(ウィンクラー法)にヨウ素滴定が使われます。水質調査や環境モニタリングにおいて、重要な分析手法となっているでしょう。
このように、ヨウ素滴定は学校の実験だけでなく、工業、食品、環境など幅広い分野で実用されている重要な分析技術なのです。
まとめ
ヨウ素とチオ硫酸ナトリウムの反応は、ヨウ素滴定という定量分析の基礎となる重要な酸化還元反応です。
反応式「I₂ + 2Na₂S₂O₃ → 2NaI + Na₂S₄O₆」は、ヨウ素1分子とチオ硫酸ナトリウム2分子が反応して、ヨウ化ナトリウムとチオ硫酸ナトリウムが生成されることを示しています。物質量比は1:2であり、この比が滴定計算の基礎となるのです。
デンプン指示薬を使用することで、青紫色から無色透明への劇的な色の変化により終点を正確に判定できます。この明確な終点判定が、ヨウ素滴定を正確で信頼性の高い分析手法にしているのです。
実験では、褐色のヨウ素溶液が徐々に薄くなり、最終的に無色になる様子が観察できます。終点付近では1滴ずつ慎重に滴下し、よくかき混ぜながら色の変化を見極めることが重要でしょう。
ヨウ素滴定は、ビタミンCの定量、漂白剤の濃度測定、環境分析など、様々な実用的な場面で利用されています。実験を通じて、定量分析の原理と酸化還元反応の理解を深め、化学への興味をさらに広げていってください。
