行列のn乗を求める問題では、同じ行列を何度も掛け算する方法では計算量が急激に増えてしまいます。
そこで役立つ考え方が、行列を扱いやすい形へ変換するジョルダン標準形です。
特に対角化できない行列でも、ジョルダン標準形を利用すればn乗の規則性を見つけやすくなります。
この記事では、ジョルダン細胞のn乗、固有値との関係、対角化との違い、実際の計算手順まで順を追って紹介します。
ジョルダン標準形のn乗の基本

それではまずジョルダン標準形のn乗について解説していきます。
行列のn乗を求める目的
正方行列Aのn乗とは、Aをn回掛け合わせた行列Anのことです。
nが小さい場合は直接計算もできますが、nが大きくなると手計算は現実的ではありません。
たとえばA100を求めるとき、単純に99回の掛け算を繰り返す方法では、途中計算のミスも起こりやすくなります。
一方で、行列をP、J、P-1を使ってA=PJP-1と表せるなら、An=PJnP-1という形に変換できます。
つまり、複雑なAのn乗を直接扱う代わりに、構造が単純なJのn乗だけを計算すればよいわけです。
ジョルダン標準形は、行列のn乗を規則的な計算へ置き換えるための道具と考えると理解しやすいでしょう。
ジョルダン標準形の形
複素数の範囲では、任意の正方行列は適切な基底を選ぶことでジョルダン標準形に変換できます。
ジョルダン標準形Jは、対角成分に固有値が並び、そのすぐ右上に1が並ぶブロックを対角上に配置した行列です。
基本となるジョルダン細胞は、固有値λを使って次のように表せます。
J=λI+N
Iは単位行列、Nは右上側に1を持つ行列です。
Nは何回か掛けると零行列になる性質を持ちます。
たとえば2次のジョルダン細胞では、対角成分がλで、右上の成分だけが1になります。
3次以上のブロックでも、対角成分はすべて同じ固有値であり、隣り合う成分をつなぐ位置に1が置かれます。
この右上の1があるため、対角行列とは異なるn乗の項が生まれます。
結論となる計算の見通し
ジョルダン標準形のn乗では、固有値λのn乗に加えて、nや二項係数が現れます。
これはJ=λI+Nという分解において、IとNが交換可能であるため、二項定理を使えるからです。
Nはべき乗を続けると零になるため、展開式は無限には続きません。
その結果、ジョルダン細胞のサイズが小さければ、比較的短い式でJnを表せます。
対角化できる行列では固有値のn乗だけを追えば済みます。
対角化できない場合でも、ジョルダン標準形なら固有値のn乗と有限個の補正項で計算できます。
ジョルダン細胞のn乗の計算
続いてはジョルダン細胞の具体的な計算を確認していきます。
二次のジョルダン細胞
最もよく使われるのは、2次のジョルダン細胞です。
固有値λに対する2次のジョルダン細胞をJとすると、JはλIとNの和で表され、N2=Oとなります。
ここでOは零行列です。
二項定理を使うと、Nの2乗以上の項はすべて消えます。
Jn=(λI+N)n
Jn=λnI+nλn-1N
したがって、右上成分にはnλn-1が現れます。
固有値が1なら、対角成分は常に1のままです。
その代わり右上成分はnとなり、n乗に応じて直線的に増えていきます。
右上成分にnが現れることが、2次ジョルダン細胞のn乗における重要な特徴です。
三次のジョルダン細胞
3次のジョルダン細胞では、N3=Oとなります。
このため二項展開はNの2乗の項まで残ります。
計算結果にはnだけでなく、n(n-1)を2で割った二項係数も加わります。
Jn=λnI+nλn-1N+n(n-1)λn-2N2を2で割った式
N2は、右上から二つ離れた位置に影響します。
ジョルダン細胞が3次なら、補正項は二次式の規模まで増えます。
λが0の場合には、λの指数を含む式をそのまま機械的に扱わない注意も必要です。
nとブロックのサイズを確認し、必要に応じて小さなn乗を直接計算すると安全でしょう。
一般のサイズにおける規則
m次のジョルダン細胞では、Nm=Oです。
そのためJnの展開は、Nのm-1乗までで止まります。
各項には、n個からk個を選ぶ二項係数とλn-kが掛かります。
ブロックが大きいほど式は長くなりますが、必要な項数が有限である点は変わりません。
ジョルダン細胞のサイズは、n乗の式に現れる多項式部分の次数を決める要素です。
| ジョルダン細胞のサイズ | Nが零になる回数 | n乗で現れやすい項 |
|---|---|---|
| 1次 | N=O | λn |
| 2次 | N2=O | nλn-1 |
| 3次 | N3=O | n(n-1)λn-2を2で割った項 |
| 4次 | N4=O | 三次式規模の補正項 |
固有値と固有ベクトルの関係
続いては固有値と固有ベクトルがジョルダン標準形に与える影響を確認していきます。
固有値の役割
固有値とは、行列Aに対してAv=λvを満たす数λのことです。
行列のn乗を考えると、固有ベクトルvに対してAnv=λnvとなります。
この式からも、固有値のn乗が行列の長期的な振る舞いを左右することが分かります。
絶対値が大きい固有値があれば、その成分はnが大きくなるにつれて目立ちやすくなります。
反対に絶対値が1未満の固有値なら、対応する成分は小さくなっていく傾向があります。
行列のn乗の成長や減衰を読むときは、まず固有値の絶対値を見ることが基本です。
代数的重複度と幾何学的重複度
同じ固有値が特性方程式に複数回現れることがあります。
この現れ方の回数を代数的重複度と呼びます。
一方で、その固有値に対応する独立な固有ベクトルの数は幾何学的重複度です。
代数的重複度と幾何学的重複度が一致すれば、その固有値の部分は対角化に必要な固有ベクトルを確保できます。
一致しない場合には固有ベクトルが不足し、ジョルダン細胞が必要になります。
同じ固有値が重なっていても、必ず対角化できないとは限りません。
重要なのは固有値の重複そのものではなく、独立な固有ベクトルを十分に取れるかどうかです。
一般化固有ベクトル
対角化できない行列では、通常の固有ベクトルだけでは基底を作れないことがあります。
そこで利用するのが一般化固有ベクトルです。
一般化固有ベクトルは、A-λIを何回か作用させると零ベクトルになるベクトルを指します。
これらを順番につないだものが、ジョルダン細胞に対応するベクトル列です。
一般化固有ベクトルまで含めて基底を構成することで、Aはジョルダン標準形へ相似変換できます。
ジョルダン標準形は、固有ベクトルだけでは足りない部分を一般化固有ベクトルで補う表現といえます。
対角化との違い
続いては対角化とジョルダン標準形の違いを確認していきます。
対角化できる場合
行列Aが対角化できるとは、A=PDP-1と表せることです。
Dは対角行列であり、対角成分には固有値が並びます。
このときDnは、各対角成分をn乗するだけで求められます。
したがってAn=PDnP-1となり、計算は非常に見通しのよいものになります。
異なる固有値をn個持つn次正方行列は、複素数の範囲では対角化できます。
ただし、固有値が重複する場合には追加の確認が必要です。
対角化できない場合
対角化できない行列では、対角行列Dの代わりにジョルダン標準形Jを使います。
Jには固有値だけでなく、右上に並ぶ1も含まれます。
この1は一見すると小さな違いですが、n乗したときにnや二項係数を生む原因になります。
つまり、対角化できない行列のn乗は、固有値の指数関数的な変化と多項式的な変化が組み合わさった形になります。
| 比較項目 | 対角化 | ジョルダン標準形 |
|---|---|---|
| 標準形の主な成分 | 対角成分のみ | 対角成分と右上の1 |
| 必要なベクトル | 固有ベクトル | 固有ベクトルと一般化固有ベクトル |
| n乗の計算 | 固有値をn乗 | 固有値のn乗と二項係数 |
| 対象となる行列 | 十分な固有ベクトルを持つ行列 | 複素数上の任意の正方行列 |
使い分けの考え方
最初からジョルダン標準形を求める必要はありません。
まず固有値と固有ベクトルを求め、対角化できるかを調べる流れが自然です。
十分な数の独立な固有ベクトルが得られたなら、対角化による計算が簡潔でしょう。
固有ベクトルが不足したときに、ジョルダン標準形へ進みます。
対角化はジョルダン標準形の特別な場合であり、右上の1がすべてない状態と捉えることもできます。
対角化できるかどうかを先に判定すると、不要に複雑な計算を避けられます。
対角化できないと分かった場合でも、ジョルダン標準形によって体系的にn乗を求められます。
行列のn乗を求める手順
続いては実際に行列のn乗を求める手順を確認していきます。
特性方程式と固有値の計算
最初に、行列AからλIを引いた行列の行列式を求めます。
その行列式を0とおいた方程式が特性方程式です。
特性方程式を解くことで、行列Aの固有値が得られます。
2次や3次の行列では、因数分解や解の公式を使って計算する場面が多いでしょう。
固有値が複素数になるケースもあるため、実数だけで考えず複素数まで視野に入れることが大切です。
固有空間とブロック構造の確認
各固有値λについて、A-λIの零空間を求めます。
ここで得られる独立な解ベクトルの本数が、幾何学的重複度です。
その数が代数的重複度と一致するかを確認してください。
一致すれば対角化が可能であり、一致しなければジョルダン細胞のサイズを検討します。
ブロックの個数は対応する固有ベクトルの本数に関係し、各ブロックのサイズの合計は固有値の代数的重複度になります。
ブロックサイズの合計と代数的重複度が合うかを確認すると、計算途中の誤りに気付きやすくなります。
相似変換と最終計算
ジョルダン標準形Jが決まったら、対応する固有ベクトルと一般化固有ベクトルを列に並べてPを作ります。
次にPの逆行列を求め、A=PJP-1を満たすか確認します。
最後にJnを計算し、PJnP-1を計算すればAnが完成します。
計算量が多い場合は、最後に掛け算を行う前にJnの形をできるだけ整理しておくとよいでしょう。
実践的な流れは次の通りです。
固有値を求める。
固有ベクトルの本数を調べる。
対角化またはジョルダン標準形を作る。
標準形のn乗を求めて相似変換で戻す。
ジョルダン標準形のn乗の注意点
続いては計算時に見落としやすい注意点を確認していきます。
固有値が零の場合
固有値が0のジョルダン細胞は、冪零行列と深く関係します。
たとえばm次の零固有値のジョルダン細胞は、m乗すると零行列になります。
nが十分に大きくなると、そのブロックからの寄与は完全に消えます。
ただしnが小さい段階では右上成分の影響が残るため、最初から零と判断してはいけません。
零固有値のブロックは、一定回数以上のべき乗で消えるという性質を押さえておきましょう。
負の固有値と複素固有値
固有値が負の値なら、nの偶奇によって符号が変化します。
たとえばλ=-1なら、λnは1と-1を交互に取ります。
複素固有値では、絶対値が大きさの変化を、偏角が回転の変化を表します。
実数成分だけの行列でも、固有値として複素数が現れることがあります。
最終的なAnは実数行列に戻る場合でも、途中では複素数を用いた方が整理しやすいことがあります。
計算結果の検算
求めたAnが正しいかを調べるには、小さいnを代入して直接計算の結果と比較する方法が有効です。
特にn=1ではAそのものになるか、n=0では単位行列になるかを確認してください。
また、AmAn=Am+nの関係を使った検算も役立ちます。
固有値のトレースや行列式との関係を確認することも、計算ミスの発見につながります。
複雑な式ほど、小さいnでの検算と行列の基本性質による確認が重要です。
ジョルダン標準形のn乗のまとめ
ジョルダン標準形のn乗は、対角化できない行列のべき乗を求めるための有力な方法です。
行列AをA=PJP-1と表せれば、An=PJnP-1として計算できます。
ジョルダン細胞では、固有値λのn乗に加えて、nや二項係数を含む項が現れます。
その理由は、右上の1から作られる冪零行列Nにあります。
対角化できるかを確認し、難しい場合にジョルダン標準形を使うという流れを覚えておくと、線形代数の問題を整理しやすくなります。
固有値、固有ベクトル、一般化固有ベクトルの意味を結び付けながら練習すれば、行列のn乗の計算力も着実に高まるでしょう。