樹脂、ゴム、接着剤、塗料などの材料特性を調べる際に、tanδという数値を目にすることがあります。
tanδは損失正接とも呼ばれ、材料がどれほど弾性的に振る舞うか、あるいはどれほど粘性的にエネルギーを失うかを読み取る重要な指標です。
粘弾性を正しく理解するには、貯蔵弾性率、損失弾性率、位相差、温度依存性といった関連語をひとつの流れで捉える必要があります。
この記事ではtanδの意味から求め方、測定結果の見方、レオロジー評価で役立つ考え方までをわかりやすく解説します。
tanδと粘弾性の関係

それではまずtanδと粘弾性の関係について解説していきます。
tanδが示す損失正接の意味
tanδは、材料に繰り返し変形を与えたときのエネルギー損失の大きさを表す無次元の値です。
読み方はタンデルタであり、損失正接という名称でも知られています。
弾性体は力を加えると変形し、力を取り除くと元の形へ戻ります。
一方で粘性体は、変形時に受けたエネルギーの一部を熱などとして散逸させ、完全には元へ戻りません。
実際の高分子材料の多くは、この二つの性質を併せ持つ粘弾性体です。
tanδは弾性成分と粘性成分の比を示すため、材料の硬さだけでは見えない挙動を評価できます。
値が小さい材料は弾性的な応答が優勢であり、変形エネルギーを比較的よく蓄えます。
反対に値が大きい材料では粘性的な応答が目立ち、振動や変形のエネルギーを熱として失いやすい傾向があります。
tanδは材料の強度を直接表す数値ではありません。
弾性エネルギーを蓄える性質と、粘性によってエネルギーを散逸する性質のバランスを示す指標として扱うことが大切です。
粘弾性における位相差
粘弾性を理解する鍵になるのが、応力とひずみの間に生じる位相差です。
正弦波のように周期的な変形を材料へ与えると、理想的な弾性体では応力とひずみの変化が同時に起こります。
この状態では位相差はほぼゼロです。
理想的な粘性体では、応力の変化はひずみより四分の一周期だけ遅れます。
位相差をδで表すと、tanδはその正接として定義されます。
tanδ = tanδ
tanδ = 損失弾性率 ÷ 貯蔵弾性率
tanδ = G″ ÷ G′ または E″ ÷ E′
ここでδは応力とひずみの位相差、G′とG″はせん断変形で扱う値、E′とE″は引張や曲げで扱う値です。
位相差が大きいほど粘性的な寄与が増えるため、tanδも大きくなります。
単なる硬度測定では捉えにくい内部摩擦や分子鎖の動きを調べられる点が、動的粘弾性測定の特徴です。
弾性優勢と粘性優勢の判断
tanδの大小は、材料が使用環境でどのように振る舞うかを考える際に役立ちます。
たとえば防振ゴムでは、振動エネルギーを吸収しやすい適度な損失特性が求められます。
反対にタイヤの転がり抵抗を抑えたい部分では、熱として失われるエネルギーを小さくする設計が重要になります。
フィルム、シール材、医療用チューブ、電子部品用の封止材でも、tanδは材料選定の判断材料です。
| tanδの傾向 | 材料応答 | 想定される特徴 |
|---|---|---|
| 小さい | 弾性優勢 | 反発性が高く、エネルギーを蓄えやすい |
| 中程度 | 弾性と粘性の両立 | 使用目的に応じたバランス設計が可能 |
| 大きい | 粘性優勢 | 振動減衰や熱発生が起こりやすい |
ただし、tanδが高いから常に優れた材料、低いから常に高性能という判断にはなりません。
製品が求める機能と測定温度をセットで見ることが、実務的な評価の基本です。
貯蔵弾性率と損失弾性率の基礎
続いては貯蔵弾性率と損失弾性率の基礎を確認していきます。
貯蔵弾性率の役割
貯蔵弾性率はE′またはG′で表され、材料が変形中に一時的に蓄える弾性エネルギーに対応する値です。
引張、圧縮、曲げなどの変形モードではE′が用いられ、せん断変形ではG′を使うことが一般的です。
E′やG′が高い材料は、同じ変形を与えた場合により大きな抵抗を示します。
そのため、貯蔵弾性率は動的な条件下における硬さの目安として活用されます。
しかし静的なヤング率と完全に同じ意味ではありません。
周波数、温度、ひずみ量によって測定値が変化するため、試験条件の確認が欠かせません。
貯蔵弾性率は動的条件での剛性を表す数値と捉えると理解しやすいでしょう。
損失弾性率の役割
損失弾性率はE″またはG″で表され、変形の一周期ごとに熱などとして失われるエネルギーに関係します。
分子鎖の絡み合い、分子間相互作用、可塑剤の影響、内部構造の緩和などが損失弾性率へ影響します。
粘性の大きい材料では、応力とひずみのずれが大きくなり、損失弾性率も増えやすくなります。
防音材や制振材では、このエネルギー散逸能力が実用性能に直結します。
一方で高速で繰り返し変形する部品では、損失が大きすぎると発熱や性能低下につながる場合もあります。
損失弾性率は、材料がどれだけ熱を発生しやすいかを考える手掛かりになります。
耐久性の評価では、損失弾性率とtanδを単独で見るのではなく、温度上昇や繰り返し荷重の条件と組み合わせる必要があります。
複素弾性率による整理
動的粘弾性では、材料の応答を複素弾性率として整理します。
複素弾性率は、弾性成分と粘性成分をひとつの式で表した考え方です。
E* = E′ + iE″
G* = G′ + iG″
iは虚数単位であり、弾性成分と損失成分の位相の違いを表現するために使われます。
この表記を使うと、E′が貯蔵弾性率、E″が損失弾性率であることを明確に区別できます。
tanδはE″をE′で割った値であり、せん断の場合にはG″をG′で割って求めます。
同じ損失弾性率であっても、貯蔵弾性率が異なればtanδの評価は変わります。
したがって、レポートではtanδだけでなくE′またはG′、E″またはG″も並べて確認することが望まれます。
tanδの求め方と測定方法
続いてはtanδの求め方と測定方法を確認していきます。
基本式による算出
tanδの基本的な求め方は、損失弾性率を貯蔵弾性率で割る方法です。
引張モードや曲げモードで測定した場合は、tanδ = E″ ÷ E′となります。
せん断モードや回転レオメーターによる測定では、tanδ = G″ ÷ G′として算出します。
たとえば貯蔵弾性率が100MPa、損失弾性率が20MPaなら、tanδは0.20です。
貯蔵弾性率 E′ = 100MPa
損失弾性率 E″ = 20MPa
tanδ = 20 ÷ 100 = 0.20
この数値は、弾性応答に対して損失応答がどの程度あるかを示します。
単位は相殺されるため、tanδには単位がありません。
装置から自動計算された値を使う場合でも、元となる弾性率の変化を確認すると測定結果の解釈が深まります。
動的粘弾性測定装置の活用
tanδの測定には、DMAと呼ばれる動的粘弾性測定装置がよく使用されます。
DMAでは試料に小さな正弦波状のひずみまたは応力を与え、その応答から位相差と弾性率を求めます。
試験モードには引張、圧縮、三点曲げ、片持ち梁、せん断などがあります。
薄いフィルムには引張モード、硬い樹脂板には曲げモード、軟らかいエラストマーにはせん断モードが選ばれることがあります。
試料形状が適切でないと、つかみ部で滑ったり座屈したりして、正しい値を得にくくなります。
装置の校正、治具の選定、試料寸法の測定は、精度の高い粘弾性評価に欠かせません。
測定モードと実使用時の変形状態を近づけることも、結果を有効に活用するための重要な視点です。
温度掃引と周波数掃引
tanδは一つの温度、一つの周波数だけで決まる固定値ではありません。
温度を変えながら測定する温度掃引では、ガラス転移温度付近でtanδのピークが現れることがあります。
このピークは高分子鎖の運動が活発になる領域と関係しており、材料の耐熱性や柔軟性を検討する目安になります。
周波数を変える周波数掃引では、短時間の変形に近い条件から長時間の変形に近い条件までを観察できます。
| 測定条件 | 主な確認内容 | 活用例 |
|---|---|---|
| 温度掃引 | 転移温度、耐熱性、柔軟化挙動 | 樹脂グレード比較、使用温度範囲の検討 |
| 周波数掃引 | 時間依存性、振動応答 | 防振材、タイヤ、接着剤の評価 |
| ひずみ掃引 | 線形粘弾性範囲 | 適切な測定ひずみの設定 |
温度と周波数の影響を無視すると、異なる測定結果を不適切に比較してしまうおそれがあります。
評価表には温度、周波数、ひずみ、試験モードを残しておくとよいでしょう。
温度依存性とガラス転移温度
続いては温度依存性とガラス転移温度を確認していきます。
ガラス転移付近のtanδピーク
高分子材料では、温度の上昇に伴って分子鎖の運動性が変化します。
低温側では分子鎖の動きが抑えられ、材料は硬くてガラス状の状態になりやすい傾向です。
温度が上がると分子鎖の局所的な運動が始まり、さらに進むと材料は柔らかくなります。
この変化が大きく現れる温度域がガラス転移温度であり、Tgと表記されます。
tanδの温度曲線では、Tg付近にピークが現れることが多くあります。
tanδピークの温度は材料の転移挙動を把握する有力な指標ですが、測定周波数や試験方法によって値が変わる点に注意が必要です。
そのため、カタログ値のTgとDMAで得たtanδピーク温度を比較する際は、試験条件を確認してください。
ピーク高さとピーク幅の見方
tanδ曲線では、ピーク温度だけでなくピークの高さや幅も重要な情報になります。
ピークが高い場合は、転移領域での損失成分が相対的に大きい可能性があります。
ピーク幅が広い場合は、分子量分布、結晶性、相分離、充填材の分散状態などにより、緩和現象が幅広く分布していることがあります。
ブレンド樹脂や複合材料では、複数のピークまたは肩のような変化が見られる場合もあります。
それぞれの変化がどの成分や分子運動に対応するかを考えることで、材料内部の状態を推定できます。
tanδピークは単独で合否を決める数値ではありません。
貯蔵弾性率の急激な低下、損失弾性率の変化、試料の組成情報を併せて確認すると、より確かな判断につながります。
使用温度域との照合
材料評価では、tanδのグラフを製品の使用温度域と重ねて考えることが重要です。
たとえば低温環境で使うシール材では、使用温度で硬くなりすぎないかを確認する必要があります。
高温下で使う接着剤では、温度上昇により貯蔵弾性率が低下して保持力が不足しないかを検討します。
防振部品では、狙った温度域で適切な損失特性を発揮する設計が求められます。
tanδが最も高い温度だけを見るのではなく、その前後で材料特性がどう変わるかを追う姿勢が大切です。
実際の使用温度におけるE′、E″、tanδの組み合わせを確認すれば、カタログ上の材料比較より具体的な選定ができます。
レオロジー評価と実務での活用
続いてはレオロジー評価と実務での活用を確認していきます。
レオロジーにおけるtanδ
レオロジーは、物質の流動と変形を扱う学問分野です。
溶融樹脂、インク、塗料、食品、化粧品、スラリーなどでは、回転レオメーターを用いて粘弾性を評価することがあります。
この場合、貯蔵弾性率G′は構造を保とうとする弾性的な性質、損失弾性率G″は流れやすさに関係する粘性的な性質を表します。
tanδが1より小さい場合はG′がG″より大きく、弾性優勢の状態です。
tanδが1より大きい場合はG″がG′より大きく、粘性優勢の状態と考えられます。
tanδが1に近い領域は、材料の構造変化やゲル化の進行を検討する際の目安になることがあります。
加工性と品質管理
樹脂の混練、押出成形、射出成形、塗工、印刷などでは、材料の流動挙動が品質を左右します。
粘度だけでは説明しにくいたれ、糸引き、塗膜のレベリング、顔料沈降などの現象にも、粘弾性が関係します。
たとえば塗料では、保管中は顔料を支え、塗布時には滑らかに広がる性質が求められます。
このような相反する要件を検討する際に、G′、G″、tanδの周波数依存性が役立ちます。
ロット間でtanδ曲線を比較すれば、配合比、分散状態、増粘剤の効果などの変化を早期に把握できる可能性があります。
品質管理では単一の数値だけでなく、曲線の形状と再現性を見ることが有効です。
測定結果の比較時の注意点
tanδを材料比較に使うときは、同じ条件で測定されたデータかどうかを必ず確認します。
温度、周波数、ひずみ量、昇温速度、試料厚み、測定モードが違えば、値を単純に比べることはできません。
特にひずみが大きすぎると、線形粘弾性範囲を外れて材料構造が変化する場合があります。
測定前にひずみ掃引を実施し、応答が安定している範囲を把握しておくと安心です。
吸湿性のある材料では、水分によってTgや損失特性が大きく変わることがあります。
試料の乾燥条件、保管条件、前処理も記録に含めると、データの信頼性を高められます。
tanδと粘弾性の理解
tanδは損失正接であり、損失弾性率を貯蔵弾性率で割って求める粘弾性の代表的な指標です。
値が小さいほど弾性優勢、大きいほど粘性優勢の傾向を示しますが、良し悪しを単純に決める数値ではありません。
温度掃引で得られるtanδピークはガラス転移や分子運動の変化を把握する手掛かりになります。
周波数掃引やひずみ掃引も組み合わせれば、実使用時に近い材料挙動をより深く評価できます。
貯蔵弾性率、損失弾性率、位相差、温度、周波数を一緒に確認することが、正確な解釈への近道です。
tanδを材料の性格を読み解く入口として活用することで、樹脂、ゴム、塗料、接着剤などの選定や品質管理に役立てられるでしょう。